2011年3月20日日曜日

一度目の混乱は冷静でも

昨19日,山形行き高速バスを待つ間に日本経済新聞文化面に載った,仙台在住の芥川賞作家佐伯一麦のエッセイ「冷静な混乱の後」を読み,強い共鳴を覚えた。

佐伯は仙台郊外の作並温泉の露天風呂に浸かっている最中に東日本大地震に遭遇した。
観光客の車に同乗して自宅に戻る道中には,道路の段差やブロック塀や建物の倒壊を目の当たりにしたが,むしろ揺れの大きさからすれば「被害の程度は少なくて済んだように思われた」。
その印象は大量の書籍やCD,食器類が散乱した自宅に戻っても変わらなかった

しかし,停電中,手巻き充電式の非常用ラジオから,少しずつ被害の状況が明らかになるにしたがって,認識を一変させた。
また,麻になり,うみまで見通せる景色の中から,海近くの多くの町が騒然と消滅しているのを見て慄然とした。
また,街を歩けば,避難所の様子が窺われたり,ガソリンを求める人の列が認められたりした。
さらに,目に見えない汚染の被害が新たに広がり始めた。...
「いま私たちは冷静な混乱の後にいる」,と。

「冷静な混乱」とは,妻同士がニット作家仲間の英個人男性で地震時に一緒に露天風呂に入っていたベンが,地震に遭ってもパニックに陥らない日本人の印象を”clam chaos”と表現したことに基づく。

細かな点を除けば,なまじっか当地にいたために地震の被害認識が自分の周辺に限られていたものの,日が経つにつれ行動範囲を広げると,認識を新たにせざるを得なくなった点は同じだ。
停電中,手巻き充電式ラジオで情報を探っていた点もである。

しかも,まだ行き場の定まらない避難所,未だに電源の復旧していない地域,自宅で生活しながら物資やガソリンを求めて行列に並ぶ人々,そして収まらぬ福島原発の炉心融解現象を念頭に浮かべると,「冷静な混乱」が続くとは思えない
われわれはその「後にいる」。

まだまだ続く復旧や原発にまつわる問題は,
われわれにこれまでとはまた違う心の持ちようを試そうとしているのではないか。

 3月19日 臨時学科会議および臨時教授会のため朝7時前から始発バス停に並ぶ。
水曜日は同時刻400-500名行列だった。今日は200名弱。半分として待ち時間も2時間の半。山形に着くと,土曜日ということもあってか,正門斜め向い側のガソリンスタンドの給油待ちの車が約200m。帰りスーパーで茨城産ほうれん草を購入した直後,母より茨城産に規制値を超えた放射線量検出されたとのメール(≧◇≦)。
 3月20日 地震で自宅の皿1枚割れなかったと公言していたが,後からわかったのは電子レンジの上に載せていた電気トースターが落ちて外枠が外れていた。それでも使えなくはないが,もともとガタが来ていた.何と「1998年産」。金曜日からヨドバシカメラとともに営業を再開したヤマダ電機にて新品を購入。単純な機能でよかったのでセールス品で済ます。今日になってブログばかりかGmail,Googleカレンダーにログインできなくなっていることに気付いた。あれこれ試みてもダメ。そこで一時的に「応急原論」を開設すると同時に,なおトライアル&エラーを続けて,パスワード変更でようやく復旧。慣れぬFACEBOOK使いでいろいろ操作したことが,不正利用の疑いを掛けられ,ロックされたのかもしれない。

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