2010年10月31日日曜日

旅の効用も近場では?

「泊まるくらいなら自宅のソファに寝転がってテレビでも見ていた方が楽だけど、

温泉に浸かって美味しいものを食べたい」

という母の、年来の望に応えて昼前に秋保温泉目指して出発。

30分少々かけて寛永年間創業の岩沼屋に到着。


客室なし会席プランを予約していたので、大広間か大食堂での食事を覚悟していたら、個室が宛がわれていた。

一瞬、案内係の手違いかと、バツの悪い思いをしていたら、

客室の場合、トイレに洗面台に風呂、オマケに別室があり、くつろげるとのこと。

対して、個室は、トイレ等が省かれ、テーブルと座椅子だけの三畳一間。オマケに鍵はなく、如何にも束の間スペース。

僅か二千円強の違いながら階級理論はシッカリ貫徹していた。


もとより週末午後のひととき炊事を省いてノンビリしよう、だけがネライ,

到着早々、大浴場で一風呂浴びて食事を済ますと、

母は畳に寝そべって自宅から持ち込んだ週刊誌や月刊誌を読み耽っていたし,

こちらは座卓に座って吉田修一『ひなた』(光文社文庫)。


しかし、これじゃソファが畳と座椅子に代わっただけで自宅でくつろぐのとさして変わらない。

敢えて感想を言えば、

人はかくも家庭関係や友人関係に不安、不満を持ち、他のバートナーと関係を結ぶものなのか。(男女関係に限りません!)

おっとこれはひなたの感想^^;。


個室は有り難いが、座卓はくつろぎにくい!、くらいかな?

母は、田舎の料亭より料理が豪勢と感激して、仲居さん、フロント係かまわずお辞儀して「料理美味しかったです。またお邪魔しますしますね」と手形を連発していた。


10月30日 帰宅後、ドトールコーヒーにてノート。

10月31日 早朝ネットウォーカーをデイパックに忍ばせ外出。先々週末来読んでいた論文の表面的、つまり字面だけの意味がようやくわかった。

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