2011年1月30日日曜日

計画通りには


今日は土曜日と言っても特別だ。

月1回の管理組合理事会がある。
先月開かなかったので,管理会社からの会計及び業務報告は2ヶ月分になる。

また,同じくほぼ月1回の歯の矯正治療がある。
しかも今回から実質的な治療だ。

そして,深夜24時からサッカー・アジアカップ決勝戦のTV中継がある。

行事の合間を縫って,公務員対策講座の講義部分「格差」のスライドを書き換え,
ジム帰りに夕食取りなが原稿の補正に取りかかる,
既に構想は何度も練って,煮詰まってきたので,原稿を部分的に書き換える,
実際に筆を執る,キーボードを叩くことに着手する,
というのが当初のプランだった。

つまり,スライド→理事会→昼食→スライド→矯正→ジム→ファミレス執筆→サッカー三昧
というプランを頭に描いていた。

今日は講義スライドの作成と言っても,昨年使用したものを元に,
変更すべき点を挙げてみる
関連する議論や最新データを調べる
位で止めるつもりで,
本文部分の校正までは考えていなかった。

しかし,歯の治療に出かけるまでに,今回の校正についてあるい程度の目処がついたので,
帰宅後もスライドの作成に取りかかったところ,何とか初校を完成させたものの,
ジムに行くには遅くなってしまった。

しかもスライの枚数が36枚にも上ってしまった。
図表や確認問題もあるとは言え,これでは喋りっぱなしになるので,
これからスライドの取捨選択,スリムアップにまだまだ時間を要する。



「作業着手」を2つ計画していたのに,
片方の作業を「着手」を超えて進めたために,
片方には全く手つかずになってしまった。

ザッケローニ監督ではないが「バランスが重要」だ。

2011年1月29日土曜日

講義メニュー

後期の科目もほぼ終えたところで,来年度の講義メニューを考えてみたが,なかなか定まらない。

科目によって異なるが,専門教育科目といっても,ここしばらく学問上の議論に余り触れていない。
学問上の論点は,厳密に構成されているので,いまどきの学生には単なる細かなこととして関心を持って貰えないだろう,と思うからだが,
他方で,基本的に暗記科目である高校までの勉強と異なり,現実の具体的問題にまず触れて欲しい,と思っているからでもある。

現実問題となれば,なったで,問題を構成している諸要素を,具体的なデータ,資料を示しつつ,多面的に示さなければいし,
問題発生の背景という意味では,歴史的経緯に触れざるをえない。
つまり,解説すべきことが多岐にわたる。

こうして問題の多面性を伝えようとすると,詰め込み気味になる。
「深く」解説しているつもりでも「細かな話」と受け取られかねない。

また,昔ながらの論述式筆記試験では答案の論述がなかなか伸びないか,講述引き写しのような記述になるので,新聞記事読み取りで設問に答えて貰えいつつ疑問点を挙げて貰うとを実施すると,学生がどこまで理解しているか,問題のどのような点に関心を持っているかを抽き出すことができるが,それだけコマを消費する。最近は期末試験のコマを削って,あつまり期末試験をせずに,その分,読み取りの回数を増やしている科目もある。

コマ数に限りがあるから(2単位15コマ,4単位30コマ),多面的に論じようとしても,また新聞記事で現実の問題に触れて貰おうと思っても,解説する論点を絞らざるをえない。

その取捨選択で半日潰した。
しかし,締切りは月曜日,と迫っている。

 1月29日 学科運営会議。基盤教育「市場経済」は非正規雇用の問題を単に労働者派遣法の成立(1985年)及び改正(99年)だけでなく,いわゆる労働市場の二重構造から解説。「経済原論演習」は研究生が病欠で,辞令が下りた4年生とこれからのこと,文字通りの「お茶会」。合間に来年度の講義メニューを構想。

2011年1月27日木曜日

せっかち無用

サッカー・アジアカップ準決勝日本2(3PKO0)2韓国について書こうと思ったが,
どうしても愚痴っぽくなるので,止めることにした。
成長に時間が必要,ということはサッカーに限らない。
勉強でも研究でも,仕事面でも生活面でも同じだ。

 1月26日 春休みの公務員講座向け講義の資料集め。図書館にて全ての原稿が校了となった大学紀要の校正刷りを編集責任者としてチェック。講師紹介を務める「自治体経営」,今回は話題の地方分権,地域主権ということで,学生と一緒に聴講。ジム帰り,疲れてそのまま休養。

2011年1月26日水曜日

モノグサ

生来の物臭だ。

日々の整理整頓ができないから,机の上,テーブルの上に本や書類がばら積み状態だ。
書類は床の一部を埋めていたりする。
整理になっていないから,書類やモノの紛失,行方不明も日常茶飯事だ。

物臭なのはモノばかりではないらしい。
卒業を間際にしたゼミ生からは「もっと学生に愛情を示して下さい」と助言?忠告?を受けた。

もちろん,講義準備一つとっても手抜きをすればいくらでもできるのに
結構時間を割いているのだから学生に「冷淡」とか「関心がない」というわけではない。
しかし,ゼミ生には「そうとは見えない」ということであろう。
結局,細かな愛情表現ができないというのは物臭なのであろう。

しかし,自分の場合,結構凝る,集中する方だから,
仮に人間関係にマメであれば,
今頃「家宅の人」になっていたのではないか^^;。

開き直るわけではないが,何事も一長一短。
余り思い惑っても仕方がない。
ゼミ生,研究生以外の学生にそれ以上の愛情表現をする,家宅の人でないことを良しとしよう。

 1月25日 午前中近所のドトールコーヒーにてノート。午後,宮城学院大学「経済社会特論」および基盤教育「市場経済」の期末試験問題作成。合間に郷里から戻ってきた母を駅に迎えに行く。夜のサッカー・アジアカップ準決勝対韓国戦観戦を楽しみにジム通いを止めてノートの続き。論文の補正についてはほぼ煮詰まってきた気がする。問題はその次の論文について未だ漠としていること。

2011年1月24日月曜日

病み付きではないが

西村賢太の小説を安い文庫本で買って初めて読んだ。
最初は『暗渠の宿』(新潮文庫,2010年/単行本は2006年)。
主人公の小心ぶり,小物ぶりをこれでもかとさらけ出す描写にある意味で辟易とした。

劣等感が強く,かつ短期なのですぐ癇癪を起こし,暴力をふるう。
同棲する女性を始め周囲の親しい人のちょっとした一言に切れて罵詈雑言を浴びせる,場合によっては暴力を奮う。

昨年末スキャンダルを起こした歌舞伎俳優市川海老蔵のように
周囲と絡むことでしか人間関係にリアリティを感じないタイプのように思えた。
あるいは,自分をを貶めていることで同情を買っているようにも見えた。

しかし,土日で表題作を含め短編二編を読むと,もう少し読みたくなり,
同じく文庫本の『どうで死ぬ身の裸踊り』(講談社文庫,2009年/単行本は2006年)を買い求め,日曜日は夜になって読み始めたので,表題作だけ読み終わるので午前2時まで掛かってしまった。

続けて読んでいるのは直接的には破滅型主人公の言動に痛々しさを感じて引き摺り込まれたのだろうが,
他面で,完全に破滅(同棲した女性との破綻,ある古い作家の全集刊行を手伝って貰っている古本屋店主やその作家の月命日を弔ってくれる菩提寺住職との関係)を描いていないので,それを見たかったのかもしれない。

同じ「私小説」といっても,佐伯一麦のずいぶん抑えた筆致とは真逆で,
むしろ「作り物」「フィクション」という雰囲気が醸し出しており,
純粋に「ものがたり」として読みたくなったのかもしれない。

手にした短編のストーリーはいずれも異口同音で
にもかかわらず「読みたい」と思うのだから,
やはりそれなりの技巧を凝らしているのであろう。

 1月22日 ノートPCをデイパックに詰め外出。さして収穫もないままとぼとぼ帰還。
 1月23日 ドトール・コーヒー,ファミレスの後,夕方にはジムに出て帰宅後休養。
 通っているジムは全国チェーン店144店舗を記念してキャンペーン実施。トレーニング5分毎に1マス塗りつぶす要領で日本地図上の144店舗を踏破しようというもの。途中に3箇所では籤によって小物入れやボールペン,ファイルシートなどが貰える。また全て踏破すれば,いろいろな景品が抽選で当たる仕組みだ。参加費は僅かなので今月2日からトライ。ちょうど筋トレにジョギングを加え,1日当たり40-60分身体を動かしていたところだ。構想は迷走しても,トレーニング時間の方は累積なのでので,実質半月の本日ゴール到着。後は抽選グッズの当たりを待つばかり^^;。

2011年1月22日土曜日

単なる体調不良なら良いけれど

サッカー・アジアカップ準々決勝日本3x2カタールは勝てて本当に良かった。
負け試合の展開だった。
2度もリードされた。
審判もあからさまなホーム・デシジョンだった。

しかし,リードされることは良くないとはいえ,残り時間はタップリあった。
DF吉田のレッドカード,一発退場,FK失点はミスジャッジではなく,本人の不注意な妨害行為が原因だった。
苦戦の代々の原因は日本の特長,ボール・ポジェッションが出来なかったこと,ボールが繋がらなかったことにある。
相手のチェックが厳しかったこともあるし,
パスの受け手の動きが緩慢だったこともある。
単なる体調不良の問題なら良いが,
ザッケローニ新監督の戦術が浸透していないことの表れだとすると,準決勝はさらに苦戦必至だ。

 1月21日 基盤教育「市場経済」は非正規雇用の概要。「経済原論演習」は報告者ダウンのため,留学生と今後の研究計画。というより,本人が悩んだ末に購入したi-phone4について^^;。「便利!!」「携帯電話というよりパソコン」「無料電話ソフトスカイプもついていて,通話はパソコンより快調」
しかし,ここのところゼミは休止勝ち。単なる体調不良なら良いが。

いつもののこと

宮城学院大学「経済社会特論」は期末試験前最後の講義だったが,講述に時間目一杯使ってしまった。

詰め込みすぎだ。問題を具体的にかつ多面的に解説しようとするとどうしても盛り沢山になる。
時間の関係上(山形大学90分,宮城学院女子大80分),パワーポイントのスライド24面を上限にしているが,
24面に収めようと精選する,取捨選択を繰り返すと,説明不足になる。

いつもの反省である。

 1月19日 遅く登校したものの,水曜日は午後から忙しくなるので,昼休み少し前に外出していつもの美容院。13時より公務員対策講座(春休みを利用して,時事問題の解説,論作文指導,集団討論指導を行なうの正規の科目)の打合せ会。教授会の合間に「自治体経営」のお世話。ジムに寄る時間もなくドトール・コーヒー直行。
 1月20日 宮城学院大学「経済社会特論」の後,そのまま車でディーラーに押しかけ定期券点検。その合間にファミレスにて昼食及び構想,夢想。早めにジムに入りリラクゼーション・マッサージ。「今日は普段の肩,背中ばかりでなく,首も凝ってますねぇ」。20分走ってドトール・コーヒー。だんだんに詰まってきたような,行き詰まってきたような^^;。気分転換に就寝前,西村賢太『暗渠の宿』(新潮文庫,2010年)。表題作の真ん中3分の1。短編を少しずつ読んでいるが,同棲する女性への余りに卑屈な劣等感丸出しの感情吐露に感心した,というか笑ってしまった。直前読んだ高樹のぶ子『蔦燃』の主人公と全く逆だからだ。後者が目の前の人との二社関係,具体的には性的関係を基盤に人間関係を考えるとすると,前者は目の前の女性との極私的関係をもその女性の背後にある男性の影を念頭に考え直してしまう。西村の「私小説」は主人公の,劣等感,卑屈さをこれでもかと書き連ねる。

2011年1月19日水曜日

貧乏性

よく「賭け事には人の性格が現れる」とか「金の使い方にその人の品格が表れる」といわれるが,
「時間の使い方」にもそれが当てはまるだろう。

せっかくの振替休暇を平日に取ったのに,
原稿のことが気になって
ドトール・コーヒーとファミレス参り。
頭がリフレッシュしなきゃ仕事もままならない。

唯一の息抜きらしい息抜きは,その前日芥川法を授賞したと報じられた西村賢太の小説『暗渠の宿』(新潮文庫,2010年,表題作は野間文学新人賞)
を手にしたこと。

まだ最初しか読んでいないが,
一文が長い,
古風な表現の多様,例えば「はな」「さのみ」
が目立つ。

前者はリズム感を醸し出す効果があるが,
普段使わない表現は少し耳障り,目障り。

 1月17日 昨年9月下旬投稿した『現代経済の解読』(御茶の水書房,2010年)に対する書評が載った学会誌『季刊 経済理論』第47巻第4号が届く。昨年6月編集委員から依頼され,執筆したが,他の原稿に取り組んでいたので,一時はかなり焦躁を覚えた記憶が蘇った。他の書評にも目を通す。
 1月18日 振替休暇,といっても夕方まではドトールコーヒーとファミレス行脚。ジムから帰ってホッと一息。

2011年1月18日火曜日

グズ

いろいろな面で自分は「グズ」と思う時がある。

例えば,毎朝早く登校しても始動が遅い。
17日は昼休み大学院関連の会議が予定されていた以外はフリーだったが,
取組みが遅く,考えがほんの少しだが,動いたのは午後遅くだった。

夜もジムに寄った後,ドトール・コーヒーに1時間半も居据わって,
考えが多少ともまとまったのは閉店間際だった。

そのため帰宅した時には,サッカー・アジアカップ日本6x0サウジアラビア戦では日本が既に先取点を獲っていた。
グループリーグ敗退が既に決まっていた相手に
開始早々先取点を獲ったために日本はいわば「やりたい放題」。
しかし,一方的な展開は試合を観賞する方としては「気の抜けたサイダー」を飲んでる気分。
つくづくグズ,だと思った。

2011年1月16日日曜日

ロケ弁

山大職組人文支部から年1回弁当が支給される。
仕事の合間に支給されるので,個人的に「ロケ弁」と呼んでいる。
揚げ物が多いが本物もこうではと勝手に想像。
製造は大学生協で生協のお茶ボトル付きというのが素朴で良い。
残念なのは毎年忙しい時期で,食事時間が30分もないのが悔やまれる。
それでも貴重な「年1回のロケ弁」だ。

 1月16日 平日より早いバスで登校。なんせ始発だぞ^^;。
早速「経済指標の解説」の校正。
〆切は20日だが,既に初校を仕上げ,データのチェックも先週末済ませていたので今日こそは完成させなければ。
基本的に浅野うちにほぼ完成していたが,結局,何やかやあって,ロケ弁の残りを食べた夕方からまとめ部を微修正。
帰宅は20時半。
休日出勤は疲れる^^;。

2011年1月15日土曜日

油断大敵

私語を慎むために「含む紙」を咥えている裸参りの人達

サッカー・アジアカップ,対シリア戦は,中盤でボールを廻していたのヨルダン戦と異なり,ボールが前線まで運ばれた上に,相手選手を翻弄。大量得点が可能と思われたが,35分に得点した後は梨の礫。前線でもパスが繋がったのでいつでも得点できると安心したのかなぁ。そのうちにGKが「バックパス」を取られて一発退場,PKで1失点。最終的には勝ち越したが,油断大敵。

 1月14日 3時間半睡眠で登校。午前中かけて「経済指標の解説」の数値データ点検を終えると,目が痛くなった。センター試験前日のため,午後の基盤教育等が休講になりそのまま下校。どんと祭詣でで行き交う人を縫ってドトール・コーヒー。

 1月15日 ドトール・コーヒー,ファミレス,ドトール・コーヒーを行脚したが,三角移動で元に戻った感がある^^;。

2011年1月14日金曜日

匿名性

劇画「タイガーマスク」の主人公,伊達直人の名を騙って児童福祉施設にランドセルなどを寄付する行為が流行っている。

なぜ劇画主人公の名を騙るのか理解できない。
寄付行為自体は貴いことは言うまでもない。
また劇画のヒーロー名を騙ることが広まって,寄付行為が普及すれば,そのこと自体は喜ばしいことである。

しかし,腑に落ちない。
名を秘したいのであれば,匿名にすればよい。
劇画のヒーローの名を騙って夢を与えると言っても,児童の知らない昔の劇画であり,
彼らは「夢にも見ない」。
夢を抱いているのはむしろ本人の方である。
腑に落ちない理由はここに集約される。

 12日 昼休みから会議等の連続で急に忙しくなり,結果,仕事が一つ増えた。
 13日 自宅研修。午前は『春闘パンフレット』「経済指標の解説」初稿を仕上げる。午後,自宅及びドトール・コーヒー。夕方ジム。外出する度に肌を刺すような寒さ,冷たさに見舞われる。

2011年1月11日火曜日

丸一日

 11日 昼前の学科運営委員会と昼休みのミーティングの他は丸一日掛けて『春闘パンフレット』「経済指標の解説」の,県内経済の部分を執筆。
 といっても,今日のところは官庁発表資料を基に昨年度版の数値を入れ替えただけだが,
各種資料をPC上で見比べ,必要なものはスキャナーで画像ファイル化,再びPC上で画像を加工と,
ほとんど丸一日ディスプレイに向かって過ごしたため17時前に眼精疲労で早退。

 ジムに寄った後,文章校正。
(図は山形労働局『雇用情勢』11月分より)

 10日,午前ドトール・コーヒー,午後ファミレス。夕方にはジム。夜は休養。就寝中は1~2時間サイクルで夢から目覚め,控えておこうと思っていたが,忘れてしまった^^;。

2011年1月10日月曜日

空転・その2

サッカーアジアカップの初戦日本1x1ヨルダンは「前半は攻撃の組み立てが遅く、意味のないポゼッションが多かった」という監督のコメントが全てを表わしていた。

中継したNHK BSでは試合前に2時間を掛けて昨秋就任したザッセローニ日本代表ザック・ジャッパン監督の目指すサッカーの特徴を「コンパクトな守備」「縦への(ゴールへの)意識」と解説していたが,
いざ試合が始まると,
以前の日本代表と同様,横パスが多かった。
前線では相手が守備を固めているので簡単にボールを放るわけには行かなかったのは当然として,
何人かの選手は前線でボールを受けてからの動きが単調で「攻撃のフタ」になっているような印象を受けた。

 8日 自宅にて宮城学院大学「経済社会特論」の講義プリントへ編集。その後,ドトール・コーヒー。休日中派「経済指標の解説」休業。
 9日 ノートPCをデイパックに詰めて外出するも起動することもなく帰宅。夕方ドトール・コーヒー。サッカーと同様空転気味。

2011年1月8日土曜日

空転




7日 宮城学院大学「経済社会特論」の次回講義資料を編集。既に昨年版に手を加えていたので,最後のチェックをするだけ,のつもりだったが,半日費やしても終わらなかった。

非正規雇用の概要は既に前回触れている。しかも次回が」最終回である。
非正規雇用問題の背景として,企業毎の賃金制度や家族賃金思想,企業別労働組合,社会保険における非正規雇用の地位まで触れていくと,80分!授業では詰め込みになってしまう。

かといって,労働者派遣法の改正の話だけでは「表面的」解説になってしまう虞がある。
法改正によって,派遣労働者が使いやすくなったのは確かだが,
その前から賃金格差はあった。
賃金格差がそのままなら,賃金の安い非正規雇用を使うのは必定であろう。

したがって,派遣法を改正前に戻す,あるいは廃止しても,
安いパートやアルバイト,季節工,請負労働者が利用されるだけである。
だから,「二重構造」を構成する諸要素は外せない。

そんなことを考えているだけで,先に進まなかった一日^^;。

今後,雇用が増える可能性はあるのか?

交通渋滞に巻き込まれるのがいやなので,宮城学院大学に講義に行く時も,早朝からの非常勤講師室に籠もって,講義の準備や自分の仕事もしているのだが,今回は来年度の担当科目「経済理論」及び「経済社会特論」のシラバス入力。出来上がりをpdfファイルで確認しながら,書き換えていると,結構時間が経った。

経済社会特論」は非正規雇用の種類,雇用者全体に占める比率,性別及び年齢階級別の非正規雇用比率。非正規雇用の現状,問題点を解説した後,読み取り。

その際,質問を募った時,出てきたのがタイトルの「今後,雇用が増える可能性はあるのか?」

次回講義は2週間後なので,ここで答えておく。
実は雇用者は既に増加に転じている。
『労働力調査(基本集計)』2010年11月分に,雇用者数は3ヶ月連続して対前年同月比で増えている。但し,雇用者に自営業者,家族従業者を加えた就業者の数は前年同月に比べ8万人減った。




現金給与総額も,昨春以来,前年同月比像を続けている(『毎月勤労統計調査』)。
しかし,平成17年を100とすると,未だ80台^^;。
「きまって支給する給与」は97台まで回復していても,
前稿で引用したように「特別に支払われた給与」ボーナスが20年前の水準だからである。




一旦帰宅後,母が相談事があるというので税務署へ連れて行く。
脇で聴いていると,税金相談なのか,悩み相談なのか^^;。
本題以外のおしゃべりが多くて,税務署員も大変。

DIYショップによって帰宅後,冬休みの宿題「第2回小テスト」の採点。

2011年1月7日金曜日

足踏みを続ける日本経済

 5日 毎年執筆を依頼されている春闘パンフレットの「経済指標の解説」。全国経済の部分について官庁の資料を基に昨年版の数字を書き換え。内閣府『月例経済報告』の基調判断の変遷が示しているように,昨年前半までは「景気が持ち直し」手痛。さらに夏には「自律的回復への基盤が整いつつある」と一層踏み込んだ回復宣言を放った。ところが,10月には景気「持ち直し」より一段弱い,景気「足踏み」を宣言するに至った。円高の影響である。

それでも「足踏み」にすぎない。業況判断IDは先行き(今年3月予想)は慎重だが,企業収益は大幅増であり,投資計画も増加基調だ。

しかし,雇用環境の改善は遅れている。
企業の雇用人員判断は,「過剰」判断する企業数のほうが「不足」と判断する企業数より多いが,僅かに数ポイントにすぎない。雇用調整はほぼ完了しつつある,と言ってよい。
現に11月の完全失業率(季節調整値)こそ5.1%で前月と同じだが,完全失業者数は前年同月に比し6ヶ月連続の減少を示している。
ところが,完全失業者の半分余りは失業期間「1年以上」の失業者であり,この層は減っていないどころか,増えている。
昨冬のボーナスは3年ぶりに増加したが,支給額はITバブル崩壊後の02年を下回り、20年前の水準に相当する。14.93%減と過去最大の減少率を記録した昨冬の落ち込みを補えず「個人消費を刺激するには力不足」という(同紙12月12日付け)。

雇用環境の改善を急ぎ内需を欠くことものにしない限り,
景気が持ち直しても,
欧州経済がPIGSないしPIIGS(ポルトガル,イタリア,アイルランド,ギリシャ,スペイン)の国債償還危機と救済の条件としての財政再建に追われ,米国経済が「出口戦略」を後回しにして大幅な金融緩和を続けざるをえない以上,
円高によって再三再四「足踏み」せざるを得ないこと必至であろう。

2011年1月5日水曜日

疾風を切る

路面が乾いていたので久しぶりにmyイーグルス2号で出動。
疾風の中を進むのは気持ちがよい。

4日は仕事始めだったが,事務が午前中で閉まる習わしのため自宅研修。
午前中は近所のドトールコーヒーでノート。

午後は「河岸を変えて」スターバックス・コーヒー。
路面が凍っていたり,雪が残っていたりしていると,自転車には乗れない。
地元の人は雪道でも平気で乗っているが,ブレーキが利かないのでとても乗れたものではない。

雪が残ったのは短かったが,気温が上がると今度は降雪が降雨に変わり,車での移動が1,2週間続いたので,身体がウズウズしていたので,国分町のスタバまで自転車で出かけることにした。

もう一つの理由は,この1ヶ月で体脂肪率が急上昇したり,珍しくベルトがキツキツになって前メタボ症候群,そんな言葉があるかは知らないが^^;,の自覚症状が現れてきたことにある。

ダイエットに苦しむ人にはイヤミに聞こえるかもしれないが,
ここ10年以上,ベルトは短くしてもすぐに余るような状態が続いていたので,
ベルトがきつくなっただけで即,メタボの予兆のような危機感に見舞われる。

そこで「俄ダイエット」。
前日からジムで1年ぶりに走り始めた。
2,3年前は,毎日30分走っていた。しかも時速11-12kmで。
しかし,有酸素運動という意味では何も急ぐことはない。
ジョギングでの消費カロリー自体はあくまで副次的目的で,
主目的は脂肪燃焼だから,距離を稼ぐ必要はさほどないからである。
ということで,1mしか動かない歩道,トレッドミルの上を時速10kmで20-40分走行。その前後あるいは合間にいつもの筋トレ。
息せき切ることがほとんどなく楽ちん。(急に再開したので,翌日には太腿がパンパンに張ってきた)

ジム帰りに「お代わり100円」を利用して再びスタバ。
昨年末から既に書き上げた論文の補正と次の論文の構想を練っているが,
両者の書き分けが難しい。
補正も突き詰めて考えると,次の論文の論点とそっくり被さってしまう。
しかし次の論文を仕上げるには,もう少し勉強する必要があり,2,3箇所の補正で済む問題ではないし,そもそも時間的猶予がない。

自転車走行の再開や運動パターンの切り替えは気持ちよく進んだが,
構想の確定には時間が掛かる。こちはらしばらく「時化の中を進」まざるをえない。

2011年1月4日火曜日

カマトトの限界

三が日も最後になると,寝正月にも飽きて,もぞもぞし始める。
このまま「喰っちゃ寝て」では不健康だし,第一,エコに反すると反省したり
翌日からのことが気になり「少し準備しようかなぁ」という邪念が生じたりする。

前の晩は紐解いただけの高樹のぶ子『蔦燃』が丸一日掛けても進まないのは
そういう寝正月への退屈ムードが寄与しているのは間違いない。

しかし,それ以外に,その小説固有の問題もある。

高樹のぶ子の文体スタイルには昔から馴染めず,読みづらいという苦手観があった。
ある意味,緻密な心裡描写は,見ようによっては,観念的かつ冗長でなかなか消化しきれない。

この作家の小説を久しく読んでいなかったもう一つの理由は「恋愛小説の女王」という世評への抵抗だ。
その余りにも通俗的な偶像性は読書の関心を退かせるに十分なものがある。

今回読んでみて,
読書が進まず,久しく遠ざけていたもう一つの理由として新たに浮かんだのは,
その性愛描写だ。

詳しく記すとブログ・コード?に抵触しかねないので略すが
第三者との関係を想念することで当事者間が一層わかり合えるという本小説のモチーフがピンと来ない。

理屈としてはわからなくもないが,実際にそうかなぁ,と不審に思えて仕方ない。
それを豊富な実体験や深い洞察力による男女関係の精緻な描写と見る向きにもあるかもしれない。
しかし,カモトト振るわけではないが,
理屈だけというか,余りに図式的ないし単純なモチーフにしか見えない。

小説の展開に納得できない,半分眉唾ツケなら読む状態になるともうダメで,読書は遅々として進まない。

「図式的」というのは言い過ぎたかもしれないが,
少なくとも
心裡描写を軸に展開する小説,とくにそれが性愛において増幅されるというモチーフは体質的に合わないようだ。

2011年1月3日月曜日

耐久生活

正月二日,起床は元日より遅い10時半。
届いた年賀状を整理して,新住所不明のため返送されていた年賀状を再送。

花村萬月『惜春』は青春小説とも風俗小説ともとれる。そこまでは予想,期待していたが,職場のなかで人との接し方を学び成長していくという面では青春小説だが,順風満帆で出世する,は余計だろう。なにも職場が風俗店だから昇進しても意味がない,というのではない。成長とは職制上の上昇,昇進とは無関係だからだ。後者ならハウツーの問題になる。同僚に接する際,職責に縛られていることを昇進のためと割り切ってしまえば,誰も悩まない。つまり,成長=青春のテーマにならない。

続いて高樹のぶ子『蔦燃』を紐解いたものの,しばらくして居眠り。

夕方「初ジム」。
全国地図144マスを塗りつぶす「達人行脚deダイエット」にエントリ。
1マス5分のトレーンニングで144マスを2ヶ月で踏破するプログラム。
1日30分6マスとすれば,24日しか掛かからないので,今月中にも達成可能。
単純すぎるが,この1ヶ月位,懇親会が続いて体脂肪率が急上昇したため,目標を設定することにした。

帰宅して食事を取っていると,また睡魔が襲って,読書にならない。
「寝正月」も楽なものではない。

2011年1月2日日曜日

若い人の異見

国民の祝日というか,休暇「正月三が日こそ寝正月」というテーゼ?にしたがって茶の間に居座り,未明に放映されたテレ朝系『朝まで生テレビ』再生。

「日本を"萎縮"させたのはなにか?」がテーマだったが,
国会議員が参加しているせいか,あるいはいつものことなのか,
「ねじれ国会」の運営の話に終始したので,
若い評論家達が「ここからは何も生まれない」「こんなのに貴重な電波を利用して良いのか」
「政局にはシーリングを設けましょう」「ここから10分間は政局の話と限定しないと,政策と政局を一緒に話しても」と口々に運営を批判していたのが面白かった。

若い世代こそ「場の空気を読む」が端的に示すように状況依存的では,と思っていたので意外だった。
一昨年の政権交代によって「何も変わらない」という厭世観が生じていると思ったが,
だからこそ「政局としての政権交代ではなく政策が重要」という発想であるとすれば,至極健全なことだ,と言って良かろう。


途中で再生を止めて,母を連れて近くの神社に参拝。
昼前後だったせいか,鈴の前には行列。
奇しくもジャケットのポケットにつかこうへい『明日,恋する貴方に』(光文社文庫,1995)を入れてたので,待つ間続きを読んでいた。
軽いのでスラスラ読める。内容もむしろ若い人向け。
しかも,以前にも読んでいる。
そうとわかっていて何故先日ブックオフで買い求めていたのか?
自分でも不思議だが。。。

帰宅後は小林信彦『<後期高齢者>の生活と意見』(文春文庫,2008)。
前半は後期高齢者医療制度(と年金)への不満と定年のない自営業者が直面した高齢期の生活。
後半はエッセイの寄せ集め。

江戸の和菓子屋,継いでいたら十代目の著者は,幼い時から寄席,映画,小説に親しんでいたため,,観念的ではない見巧者。

2011年1月1日土曜日

茶の間のおおつごもり

大晦(おおつごもり)は,午前中ドトールコーヒーに寄っただけで自宅軟禁?
21時前に部屋から出たら既に紅白歌合戦は始まっていた。

紅白を観るのは何年ぶりか思い出せないほど本当に久しぶり。
そもそも歌番組を観ない,聴かないので,出演歌手もほとんど知らない。

母に言わせると,
いくら売れているからと言って,若い歌手を出されても「曲を知らないので詰まらない」。
他方で,ベテラン歌手が昔の歌を2,3年周期で唱うのにも興味が持てないという。
じゃあ,誰が良いのか,と聴くと,「千の風になって」だという。
それじゃ「唱歌名曲選」になってしまい「歌合戦」としては盛り上がらないと思うが,
実際白組の6年連続勝利だそうで「歌合戦」になっていない。

AKB48のある子は,前日のレコード大賞選出に対しては
「少し期待しちゃった…。
みなみの欲しいもの…私達皆で欲しかったもの。
来年は獲得できるように絶対がんばりますっ!!」
と囁いているが,
紅白の後のつぶやきは,
「年越しそばがー!!キターー!!来れで2010年とし越せます( *`ω´) 」
だけ^^;。

茶の間の一同に受入れられる流行歌はなくなったと指摘されて親しいが,
1曲ずつダウンロードするi-podなどデジタル・ミュージック・デヴァイスの時代に
団体戦スタイルは全く適合しない。
今年のテーマ「歌でつなぐ」の前に,
分断された楽曲状況をまず受入れなければ,
「つなぐ」は単なるお題目の域を出ない。

分断された中でのつないでいるものを,歌に限定せず,提供してゆけばよいのに。