2010年11月26日金曜日

ベーシック・インカム拒絶症・その1

先日,学生にベーシック・インカムが受け容れられない,正確には賛否は別にしてその意義が理解されない原因の一つに,現状に対するイマジネーションの欠如がある,と述べた。
しかし,それではあまりにも精神論的に過ぎた。

ベーシック・インカム論者のいう必然性論に遡って,ベーシック・インカムの意義が理解されない原因を考えてみたい。

小沢修司氏によれば,ベーシック・インカムの必然性は以下の諸点にある(小沢修司「ベーシック・インカム構想と新しい社会政策の可能性」『社会政策学会誌』16,2006年)。
  1. ケインズ=ベヴァリッジ型福祉国家が前提とした完全雇用が難しくなった
  2. 労働社会の変容が福祉国家の前提とする「家族」を揺る動かしている
  3. ミーンズテストに伴うスティグマや「失業や貧困の罠」から社会保障給付を解き放し,社会保障制度と税制の統合と合理化を果たすことへの期待
  4. 経済成長に基づくパイの再配分に与ってきた福祉国家は環境に負荷が掛かる
学生はそれぞれの要因に実感を感じていないのではないか?
  1. 未だ希望すれば就職できる社会である,非正規雇用であっても厭わず就職すればよい。言い換えると失業は個人の問題である。
  2. 学生は大抵独身で所帯を持っていないので,例えば社会保険の拠出や給付が家族単位の面があることの窮屈さを実感できない。
  3. 学生の間にも新自由主義,市場志向は浸透しているように見えるが,所得税や社会保険料を支払っていないので,社会保障制度と税制の統合の必要性を強く求めるまでには至らない。
  4. 学生も環境には関心が高いが,再分配を支える成長の環境負荷までは気付いていない。
 つまり実感のなさは就労体験がないことに基づく。

しかし,社会科学を勉強しているのだから,理屈・理念として論者の主張する必要性を理解できないし,その上で自身の賛否を語れないものであろうか。
  1.  例えば「働く者喰うべからず」といっても,現代の先進資本主義諸国では完全失業率が自然失業率まで落ちるほどの成長率が見込めるのだろうか。
  2.  例えば年金の場合,第2号被保険者(サラリーマン,公務員)の専業主婦は第3号被保険者として夫とは独立に基礎年金の有資格者となった)が,所得比例の2階部分,厚生年金については夫の合意がない限り,分割して給付を受けられない点や,第1号被保険者である自営業者の専業主婦は同じく第1号被保険者として保険料を納める必要がある(第3号被保険者は保険料が課されない)点は,離婚率が上昇したり,未婚率が上昇したりしている今日の社会情勢に適合しているのだろうか。
  3. 新自由主義への信奉といっても,「貧困の罠」「失業の罠」を福祉国家の問題点として理解しているくらいで,その解決策をどのように考えているのだろうか。新自由主義的経済学者が解決策として処方する「負の消費税」や「給付型所得控除」が仕組みとしてはベーシック・インカムと同型ではないか。
  4. 財政が肥大化した福祉国家の是正策として就労や職業訓練を給付の条件とするようになった積極的労働市場政策は完全雇用が望めない状況で妥当だろうか。
つまり,ベーシック・インカム拒否症は,その仕組みや背景を理解した上での判断ではなく,単なる「勉強不足」に起因しているのではないか。

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