2010年8月10日火曜日

報告の顛末

SGCIME夏合宿第2日目「生産的労働の意義と限界」というタイトルで報告。
いろいろ批判ないしコメントを頂いた。

大別して3つ。

  1. 生産的労働の定義がよくわからない。いままでの定義を踏まえていない。
     (機能的定義なので特徴が定義と答えると)スミスなら資本蓄積に資する労働か否かであったが,それがない。
  2. 定義する意義がよくわからない
  3. ジェンダー経済学成立以降,再生産労働は生産的労働と排他的概念と捉えられ
    ている(故に生産的労働でも不生産的労働でもない)


 従来の生産的労働は価値形成性と不可分離であったため,ある労働が生産的労働か不生産的労働かの裁断でそれ以上の分析が閉ざされていた。そのため,国民所得論争が生産的労働規定を経由せずに進められるようになると,生産的労働概念は学会から事実上忘れ去られた。

 生産的労働定義の意義は,報告資料にも記したように,生産的労働の限界を定め,不生産的労働の存在を明らかにすること,そのことによって生産的労働の一方的膨張に歯止めを掛けることにある。それはまた,生産的労働的視点から労働と所得との切断を説くベーシック・インカム論や両者に疑念を示すアンペイドワーク論に対しても,労働と所得との関連再検討を求めることになる。

 家事・育児を「再生産労働」と括られる次元と,「個々の労働」に対して生産的労働,不生産的労働を問題にする次元は異なる,先ず「労働」と認定するのが後者だ。

 いずれにしても稿を起こす際には,これらのコメント,批判に対して,直接答えたり,少なくとも言及したりするなど,もっと丁寧に説く必要がある,と痛感した。

 8月11日 昼前,久しぶりに登校すると,馬場宏二先生より「社会科学を語る(続)」(青森大『研究紀要』33-1,2010.07)が届いていた。添書きに「貴君はまだ成長至上主義で頑張るおつもりか」とある。以前,先生の富裕化論に対し,一定の経済成長は不可避ではとコメントしたことを未だに覚えていらっしゃる,その矍鑠ぶりに安堵^^;。インタビューに答える形式で振り返えっていらっしゃるご自身の研究史についてはロハス的に(Lifestyles Of Health And Sustainability)ゆっくり拝見することにしよう。

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