最近の大学では,大学進学率の向上の故か,専門教育への導入が重視され,専門科目らしいことは出来にくくなっている。
「かつてのような専門科目は大学院で」「学部教育はその前段階」という位置づけが広まり,専門科目も教養科目のような扱いになってきた。
つまり,専門科目ならでの学問上の議論は控え,ちょうど高校までの授業のように確定した知識のように教える,という風になってきた。
そのため,専門科目か教養科目かというように対立的には捉えなくなってきた。
自分の場合,「経済原論」のテキストは,それ以前から,教養のテキストを用いてきた(日高普『経済学』)(岩波全書)を用いてきた。
今年度は思うところあって,同じ著者の専門科目としてのテキスト日高普『経済原論』(有斐閣選書)を用いることにした。
最初は内容が深くなる,程度にしか考えていなかったが,
講義スライドを作成するために,序論を読み返してみたところ,
叙述が専門的というだけでなかった。
他の科目で学ぶことは説明せずに用いている。
例えば,経済学としての整序は,ウィリアムペティからアダム・スミス,リカードゥいたる経済学の進展のなかに明らかだ,というだけで,その意味内容は,経済学史で学ぶことが前提にされていて,触れられていない。ゆかず,
しかし,最近の大学生は他の科目で学んだことは覚えていないことが多く,
他科目での解説を前提にする訳にはゆかない。
すると,専門科目としてのテキストを用いていても,狭い専門領域だけを教える訳にはゆかず,他科目で説くこともあたかも確定した知識のように,つまり教養科目的に教えざるを得なくなる。
テキストのレベルは上がっても,教師に求められていること,あるいは教師が教えるべき内容は,相変わらず教養科目的なそれではないか,と思い至った次第である。
4月10日 相変わらず電話,ネットが通じない。一番の問題はクラウドdropboxやevernoteに置いたファイルが取り出せないこと。そこで,同じ階の会議室の廊下にノートパソコンを持ち込んで無線LANに繋ぎファイルを取り込んだ。その後,研究室からでも会議室の無線LANに接続できることがわかったが,デスクトップPCは無線LANに接続できてもその外のネットには繋がらない。なぜ? ジムで4km走。
4月11日 同僚に手伝って貰い引っ越し先のデスクトップも第3会議室の無線LANに接続。しかし,引っ越しから5日も経っているのでいい加減に部屋の有線LANに繋がる番号を発行して欲しいところだ。昼休み3名で会議。
4月12日 毎月の皮膚科通院。待ち時間70-90分掛かるので開始40分前に待合室で並ぶと10分だが,実質50分待ち。帰宅後,来週火曜日の講義プリント完成。午後,レンズキャップを外しても感知せず撮影できなくなったデジカメ,ニコンL100を量販店に持ち込み修理依頼。最低修理代金が高いのも痛いが,GWに間に合いそうにないのはもっと痛い。スタバ,ジム,ドトールコーヒーもさほど進捗せず。深夜,予報鳴らないうちに地震2,3撃。
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