2011年9月19日月曜日

辿り着けない記憶

昔々定期的な研究会で上京していた折,定宿にしていたホテルで面談の約束をした。

研究会を終わると,渋谷方面に宿を取っている者が集って池尻大橋駅まで歩き,そこから方々に散っていた。
定宿は中目黒で,駅から先はてくてく商店街を抜け,その先の10棟以上集積した公務員宿舎の区画を横断し,さらにその先は特に目印のない住宅街の中の一方通行路をくねくね計10数分,

何しろ久しぶりなので心許ない。
駅の出口から一度も利用したことない駄菓子屋,一二度利用した中華料理屋,利用した記憶だけあるメーカー系列ホテル,
ここまでは商店街だから間違いようがない。
その先どこを曲がって公務員宿舎外へ辿り着いたかは記憶から失せていたのだが,
ちょうど前を歩いていた女性が右折した方法に曲がって行くと,見慣れたL字路の郵便局が現れ,その先には例の公務員宿舎が。。。
そこから先は普通の住宅街なので殿路地に入り,どこで曲がったはさらに記憶が曖昧だ。
なんとなく記憶のあるコインランドリーと商店を抜けると,その先の住宅群はもう記憶にない。

とにかく道なりに進んで,古ぼけた交番が目に入ったときはホッとした。。
当時は看板に象か何か動物のイラストが描かれたように記憶するが,今や掠れて○○交番以外は読み取れない。
しかし,ここの脇の路地をJ字型に進めば,Jの先の部分がホテルであることは間違いない。

結局,ホテルには脇道にそれずに到着できた。
商店や宿舎,郵便局が目に入れば,そこから先の記憶がなんとなく蘇る。
主な目印は外装が変わってもそっくりそのままその位置にあった。
しかし,一緒に研究会に参加したメンバーはいまどうしているか。毎月合って1ヶ月間の近況屋当時考えていたことを飲食をともにしながら分かち合っていたのだが,今や一部と連絡を取り合うのみ。しかも年賀状の遣り取りくらいだ。

おぼろげな記憶にもかかわらず,ホテルにはスンナリ辿り着けただけに
記憶していた自分の,この数年間の行動が気になった。

冬眠していたわけではむろんない。
割り当てられた任務はこなしてきた
論文もほぼ年1本のペースでものにしてきた。
研究テーマに関してはかなりまとまりが出てきた,いわば凝縮した時期になるはずだ。

しかし,振り返ってみると,起伏が少なく,記憶を遡る際の「目印のない」数年間だったような気がする。
健康以外は無事で何より,とはいかないようだ。

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