2015年3月13日金曜日

心許ない

先週7日土曜日,東北大で開かれた「経済的側面から見た国家と共同体の関係についての理論・歴史・現状」という長い名前の研究会に参加した旨FBに投稿したところ,年配のお友だちから,次のようなコメントを頂いた。


「共同体」はやっかいだなあ…。例えば、尖閣や竹島にしても、日本国の領土にする意味を理解できない。漁民を中心に、両島の周辺近海を何らかの形で利用する人々(中国人・韓国人を含めて)が一定の共通するルールを創れば良い話ではないか?!「お国(日本国・中華人民共和国・大韓民国)」という個を超える何かに僕らがとらわれる根拠はあるのかなあ…。

返答に少し困った。
というのも自分の考えが固まっていないからだ。
しかし,せっかくコメント頂いたのに,返信しないのも失礼だ。
そこで,学問上,詰めていない部分はあるが,次のように答えた。

  1. 批判的経済学では久しく「人間社会の編成原理は共同体か商品経済の2つ」と言われてきたので,既存社会への対抗原理として「共同体」を挙げる人は多い。
    研究会参加者にも「ローカルな小さな共同体」での「自給自足」「地産地消」を提言する人がいます。
  2. 他方で,共同体の特徴は,排他性(他との峻別),内部の束縛にあるので,土着の共同体とは異なる「新しい公共」,自由な個人の賛同者による「アソシエーション」を唱える人もいます。
  3. 僕自身は,共同体を編成原理にするのは懐疑的であると同時に,無前提に「自由意思の個人」があるとも考えていません(現実の個人には既にバイアスが掛かっている)。今のところ,商品経済における流通主体的個人をより自由な個人に還元していくしかない,と考えています。

これで回答になったのだろうか。
はなはだ心許ない。

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