数年来『春闘パンフレット』に「経済指標の解説」を載せ,官庁発表の資料や報告書を元に全国経済の概況,山形県内経済の概況を解説している。以下は末尾の総括文。
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◇今年を成長率底上げによる物価高と増税実施決定で終わらせないために
以上、諸指標を検討の結果、昨年春からの景気後退懸念も年末には和らいできたことが明らかになった(1月23日発表の「内閣府月例報告」は「弱い動きとなっているが、一部に下げ止まりの兆しもみられる」と8ヶ月ぶりに基調判断を引上げている)。昨年暮れの「バカ正直解散」によって、大胆な金融緩和と公共事業増発を唱える安倍総裁率いる自民党の政権復帰が確実とされた総選挙期間中から、株価の回復と円安の進行が続いてきた。日経平均は1月18日1万913円30銭と、2010年4月30日以来、約2年9カ月ぶりの高値を付けた。同じ週には、ドル円為替相場も2年7か月ぶりに節目の90円台に上乗せすると、週末には週高値の90.21円に達した。安倍晋三自民党総裁が首相に就任する前から公言してきた、デフレ脱却とそのための「従来とは次元の異なる大胆な金融緩和」が先行き物価上昇、さらに円高に苦しんできた企業の業績回復が連想され、相場の高揚を齎した、と推測される。
しかし、先行きは不透明である。
第1に、例えば、1月21日、22日には第2次安倍内閣発足後初の日銀金融政策決定会議が開かれ、物価上昇率2%達成を目処に金融緩和を続ける旨(インフレ・ターゲット、いわゆるインタゲ)の政府との政策協定(アコード)を結んだものの、当日の日経平均はむしろ下落したように、相場は既にそれを織込み済であり、新たな展開がない切り、昨年末来の株高・円安がそのまま進行するとは想定しにくい。
第2に、日本企業は必ずしも円安で潤うとは限らない。1月15日付の日本経済新聞「(エコノフォーカス)円安、適正水準は? 1ドル90円限界説も」では、日本総研の藤井英彦理事が「日本経済は以前よりも円安に弱くなった」と指摘している。その根拠は、1)日本の輸出品目は、部品などの半製品の比率が高まっており、円高でも売れ行きが落ちにくい反面、円安でも販売量は増えづらいこと、2)輸入はドル建て取引が70%強なのに対し、輸出は50%弱にすぎず、円相場の影響は、ドル決済の比率が高い輸入により強く出るため、円安のデメリットの方が目立ちやすいこと。藤井氏は1ドル=90円の水準が1年間続くと、国内総生産(GDP)比で0.6%の所得が海外に流出すると、景気下押しの懸念すら示している。
第3に、一般に安倍首相の唱えるデフレ脱却策、アベノミクスは大胆な金融緩和と公共事業増発、そして成長戦略の3点が「三本の矢」として基本的構成要素をなす、といわれている。このうち、大胆な金融改革は、実際にそれがどの程度実現できるかは別として、既に日銀側もこれに従う政策協定を政府と結んでいる。また公共事業増発に関しては、既に1月15日には総計13兆1054億円、うち5兆円超を公共事投じる2012年度補正予算案が閣議決定されている。補正予算としては、リーマン・ショック後の09年度補正予算(13兆9256億円)に次ぐ2番目の大きさであり、これをもとにした事業規模は20兆円を超え、実質国内総生産(GDP)を2%程度押し上げ、60万人の雇用創出効果がある、というが政府の皮算用である。これに対して、成長政略の方はその具体像が杳として知られていない。第2次安倍内閣は、金融緩和等マクロ政策を経済財政諮問会議で検討し、個別経済政策からなる成長戦略の方は日本経済再生本部に委ねている。その下部組織である産業競争力会議は1月23日初会合を開き、成長戦略にとっての4つの重点分野として、「健康」「エネルギー」「次世代インフラ」「農林水産」を設定した。それぞれの方向性として、医療・介護など少子高齢化に対応した市場開拓、原発依存の低減などクリーンで経済的なエネルギー需給の実現、環境や省エネに対応し災害に強い次世代インフラの整備、付加価値の高い農林水産業の育成等世界を惹きつける地域資源の開発が挙げているが、具体策は今後数ヶ月掛けて検討するものとされている(日本経済新聞1 月23日付)。一般に成長戦略とは企業の新たな投資が進むよう、政府の規制等を緩和ないし撤廃する政策であり、関係業界ないし既得権益との調整が必要になる大事業である。長く与党を勤めた自民党にはさまざまな業界団体が圧力団体として食い込んでおり、既得権益を振り払うのは容易ではない。この点は郵政民営化とその後の顛末を考えれば、容易に想像できるであろう。あるいは政権に復帰した後もTPPへの対応が未だにハッキリさせていないことからも窺うことができる。成長戦略がアベノミクスの「3本の矢」を構成するのは、大胆な金融緩和で今まで以上の金余り状況を作り出しても、また公共事業で一時的に景気を浮揚させても、企業が資金を調達しても工場や事業所を増やす等の積極的な投資を行なって後に続かない限り、景気回復、経済成長も長くは続かないからである。
ところが、成長戦略が今後の課題と先送りされ、大胆な金融緩和と公共事業増発だけで、今年度前半のGDPがある程度上昇すれば、昨夏の三党合意が成立した消費税増税に関する法案の、いわゆる「景気条項」(、附則18条「施行前に、経済状況の好転について....経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる」)がクリアされ、今秋にも増税が決定される可能性が高い。つまり、アベノミクスが、政治的痛みを伴わない金融緩和と財政出動に偏れば、庶民には物価上昇と増税だけをもたらしかねない。
成長戦略は投資の阻害要因を省く規制緩和と密接不可分である。産業競争力会議には、小泉政権の構造改革を主導した竹中平蔵氏や、原発事故後も電力事業自由化、発送電分離に踏み込めない経団連に愛想を尽かして脱退した楽天会長三木谷浩史氏が委員として招かれており、それぞれ初会合では「規制改革が一丁目一番地」「規制改革や減税が最大のポイント」と発言したという(同上紙)。規制緩和に関し、企業が主に想定しているのは「労働者を使いやすいようにする」労働市場の規制緩和であるから、われわれとしてもこれを「諸手を挙げて賛成」はできない。しかし、重点的4分野に盛られている医療・介護やクリーンで経済的なエネルギー需給の実現、あるいは災害に強い次世代インフラの整備や付加価値の高い農林水産業の育成等はいずれも、人口減少が続いている地方の住民こそ切実に感じている課題である。つまり、使いやすさばかりを求められ「上からの規制緩和」は御免蒙りたいが、働く者の子育てや介護の負担を減らしたり、地方の雇用を確保する地域資源の開発、あるいは持続可能な社会を維持するためのエネルギー開発は、その障害を取り払ったり、地域住民の関与に政府が積極的に支援したりすることが求められている。
アベノミクスが目標とする「デフレの脱却」は、円高による輸出促進、工場の国内回帰等、典型的製造業の復活が想定されがちである。しかし、医療、介護に係わる生活物資や器材の開発、製造も製造業であり、世界を惹きつける地域資源の開発としての農産物加工や物資の開発も製造業である。「デフレの脱却」が資源価格や生活物資の価格高騰に終わらないよう、地方開発の商品やサービスの充実にも結実し、地方経済の自立性を確かなものにする方向で、言い換えると内需の確実な拡大を伴う方向で、規制の見直しや成長分野への助成も追求されるべきであろう。
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