2014年5月31日土曜日

取り敢えず

この間、様々な出来事があった。
学科会前に議題を整理する学科運営会議では学部学科改革ん9新提案について紹介された。しかし、事態は流動的でとてもここでは紹介できない。
東北楽天イーグルスは、交流戦中に監督が加療入院で戦線離脱。こちら正に五里霧中。とても先行き見通せない。

そんな中でも、講義は毎週時間割通りに進行する。
授業をほとんど前期に固めているため、授業の準備とレスポンスカードの整理、質問への回答作りで一週間が終わる。
今週も先週と変わらず過ぎて行くという安定感?がある。

しかし、経済原論では、こと計算問題が出てくる回では、レスポンスカードへの感想が「難しい」一色になる。
例えば、価値の計算、再生産表式。
けっして高等数学を用いているわけではない。
むしろ出来るだけ変数を減らした簡素な設計にしているたつもりだ。

昨30日はいつもより書き込みが多かった。
「よく理解できなかった」
「数値の根拠が解らなかった」
「もう一度解説を」
なかには、「とりあえず難しい」というダメ出し風も。
計算問題は、このあと生産価格、市場価値、地代、擬制資本と
「とりあえず」4つある。

ともに苦難に立ち向かって行きましょう。

2014年5月25日日曜日

楽しみ九減

 5月24日 昼前,マンション管理組合総会。築10年目だが,通常12-14年目に施される大規模修繕工事を睨んで,いつでも建物診断や工事着工に取りかかれるように,今期中に修繕積立金から一定額を計上することの可否がもっとも大きな議題だったが,皆初めての経験で理事会とは別に独立の委員会を置くことになった。ただ,戸数たった60弱のマンションでも総会に顔を出すメンバーは持ち回りで決まる,つまり毎年変る役員以外は大抵決まっていて,独立委員会の委員は,しばしば発言する,いわば世話好き?の壮年組にお願いせざるを得ない。委員候補者にはご苦労様と言うほかないが,小さなコミュニティでも負担の不公平も感じる。ちなみにメンバー固定は,年1回の消火訓練も同じ。

 駅スタバの後,久し振りに楽天コボスタジアム。
 着いたら既にビハインド。
 1か月も間が空いたのは,一、忙しかった。二、先発崩壊で結果瞭然。三、AJ不調で楽しみ九減(半減どころの生やさしさではない!)。

 この日も中日より多い6安打も放ちながら,抵抗らしい抵抗もなく零封された(中日2-0楽天)。
 

2014年5月21日水曜日

思い切り

前期に固めた講義の準備等で自分の時間が取れない。
しかし,それは自分の仕事管理能力の不足であり,
「忙しい」「忙しい」と嘆いたところで,事態は変らない。

そこで,平日,日中は講義の準備,ジムから帰ってからが自分の仕事と割り切ることにした。
この方針は既に大分前から決めていたことだが,
講義の準備やその後処理(レスポンスカード提出者の記録や質問への回答作成等)が途中だと
そのことが気に掛かって,帰宅後も休日もその完成に時間が奪われる。

やはり「忙しい」の正体は自分の問題,優先順位を意識せずに仕事に臨んでいることにありそうだ。

後は割り当てた任務に専念し,あだやネットに耽らないことだけだ。

2014年5月19日月曜日

柄にもなく

自己イメージと周囲の抱く評価外れているのは珍しくない。
人は次第にそのズレに気付いて,自分の抱くイメージ,自己評価を修正していくものだが,
何事につけても習熟に時間が掛かる自分の場合は,
つい最近まで自分はもっと細かいことに拘る緻密というか,ねちっこい人間だと思っていた。
しかし,やがて全く逆で,大雑把で執着心の薄い,言い換えればヘタレキャラクターだということが分かった。

そんな自分からすれば,意外なことだが,
今年の「経済原論」では,
貨幣論の貨幣数量説批判の件で,
アベノミクスの量的金融緩和の考え方や,
実際の貸出が増えていないという新聞に載ったデータを繰り返し紹介している。

アベノミクス解説の部分は昨年の講義資料にも載せていたが,
実際に貸出が伸びたかどうかは今年になってデータが出てきた。

新聞は,銀行の3月決算発表資料から,景気回復による貸し倒れ準備金が減少し利益が増えていながら,業務利益は伸びておらず,その原因は貸出がさほど述べていない点にや低金利で利ざやが縮小していることにあることを報じている。

そこで,講義資料に図表を切り貼りすると,
今度は遅れて決算報告した地銀のデータが報道され,また講義資料に切り貼りする,ということが続いたのだ。

少ししつこいかなと思ったが,抽象理論なだけになるべく現実との関わりのある点を示した方が良いと考え,断続的にデータ切り貼りを行なうことになった。

自分では,柄にもなくしつこく解説したつもりだったのだが,学生はどう受け止めただろうか。

2014年5月15日木曜日

恥も外聞もなく

GW旅行から戻ると、またいつものせわしい生活に戻った。

前にも記したが、
「忙しい」「忙しい」は本人の、能力の問題だ。

仕事に全く裁量性がない職種の場合はともかく、
多少とも裁量性があれば、
引き受ける仕事を選択する
引き受けた仕事に優先順位をつける
などすればすむ。


ただ「忙しい」「忙しい」と嘆くのはそれができないと吐露しているにすぎない。
しかも、昨日にように、周囲に苛つきを見せるたのは哀れというか、恥ずかしい限りだ。

しかし、目の前の仕事に追われ、自分の時間を確保できない状態が続くと、
恥も外聞もなくイラつきを隠せなくなってしまうのだ。

2014年5月9日金曜日

お喜びとお礼

かつて研究会でご一緒した法学者より著書の寄贈を受けた。

ご活躍のお喜びと御礼を申し上げたい。



リアリストの一言

5月6日 昼一番の授業を挟んで学外で労働組合関係者への聴き取り調査2件をこなした。
そこでの発見,と言えば大げさで,むしろ当たり前のことかも知れないが,
労働組合指導者のリアリスト振りに感心した。

それは指導者がリーダーシップを具えているのと同様に当たり前のことで,
理念を語るだけでは,どんな運動も進まない。

理念に呼応する動きはあるだろうが,
運動の意義ばかりでなく,見通しが説得力を以て示されなければ,
末端では通り一遍の対応は可能であってもそれ以上は進まない。

世論の動向を見据えつつ,運動の方向を組立て,見通しを示してあげる
指導者の重要な資質であろう。

同時に自分は全く逆のタイプであることがよくわかった。

「選挙は選挙戦術がすべて」
指導者の一言が耳に残っている。