9月学会報告の要旨を送った。
年内締め切りも,分科会の3つの報告と質疑をまとめるコーディネーターからは早めの送付を求められていたが,先月まで論文のリライトを抱えの原稿を抱え,今月になってからはその間溜めていた業務に追われていたので遅くなった。
400字という字数制限は書き始めてみると大変厳しかったすが,報告依頼に過去2回の報告をまとめれば良いだろうと気楽に応じた末,間際になって種々詰め込んでしまった身には「結局何を言おうとしたか」整理するうえで格好の制約になった。
「剰余価値論は不要か?」 小幡道昭氏の提唱する剰余価値論の余剰論への転換及び数理マルクス経済学の搾取論を念頭に剰余価値論の意義を問うた。両者は社会的生産視角に立つ「マルクスの基本定理」で搾取の説明を済ませ,「自己増殖する価値の運動体」資本による価値増殖論,端的には可変資本規定が形骸化している。小幡氏は,「同種商品は同じ価値を持つ」という「価値内在論」によって商品の価値規定から直接,価値水準の安定を導く一方,客観価値説の立場から,「同じ価値」を費用価格に平均利潤をマークアップした生産価格に求めている。しかし,売り手,買い手における価値の大きさの共同認識は「商品と貨幣の対照性」の否定を意味する一方,価値の価格からの不断の乖離の否定にもなり,流通論・生産論分離の意味を失う。価値水準の生産価格との等置は価値概念の意味喪失になる。生産論の資本循環に即した価値増殖論が求められる。
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