2012年10月26日金曜日

再確認したことと再認識したこと

学部のFD教員研修会で講師を招きディベートの勉強。

講師の方が教習用ビデオを流しながら解説して下さった。
ディベートは,賛成,反対双方がそれぞれ立論,反対尋問を行ない,最後に審判が評価を下すというもの。
また評価,勝ち負けは「証拠と理論立て」のみを根拠に下されるのが理想とされている。(そのため審判団はフローシートに記録を取ることが求められる)
そのため,教育としてのディベートはあくまで「制約の多い」「基礎的な」ツールとされている。


研修会に参加して感じたことは,以前から考えていたことの再確認だった。
結局,教育としてのディベートは,論理思考のうえつけもあるが,「大学生への学習の動機付け」ではないか,ということ。

ディベートの意義として,配付資料では「良い授業とは?」という視点から,知識量の増大と複雑化した社会の中で「教える」から「学ぶ」,能動的な,アクティブラーニングが求められる用になったと説明されている。

しかし,教育としてのディベートは授業時間の制約もあるせいか,立論,反対尋問の間に作戦タイムが設けられるものの,立論,反対自問自体は3分程度に制限されている。
もちろん,本番以前にディベートの仕組み,進め方について学ぶ時間やテーマについて情報収集する準備時間が設けられるものの,それは立論,反対尋問を証拠に基づいて弁論を組み立てるためのもので,内容理解の進化が主眼ではない。
また証拠集めといっても新聞記事等である。
何より関連団体が推奨するテーマは賛否が出やすい時事ネタがほとんどである。

そもそもディベートが導入されるのはたいてい専門教育を受ける以前の,初年次教育だから,
情報収集といっても高校生が新聞,雑誌で情報収集するのと変わらない。

あくまで賛否両面を見ることによって(1つのテーマで賛成側,反対側,審判団と3つの役割をこなすことも「効果が高い」と勧められている),社会に対する関心を高め,3,4年後には社会に出るということを意識させたうえで専攻の学習に臨むという意味で,専門教育への動機付けを図る役割が大きいのではないか。

しかし,初学者用ディベートの講習会を専門部局で行なったことの意味を考えると別の面が出てくる。
講習会の直接の目的は,3年前から基盤教育にその一部にディベートが盛られた,少人数ゼミだが,統一科目のスタートアップセミナーが導入され,各専門部局の教員が順番に担当することになったことにある,と思われるが,
別の側面としては3,4年生向けのゼミへの活用も考慮してのことであろう。
とすれば,ディベート導入の意義は初学生向けの動機付けという面以外に,専門教育自体のあり方の転換,という意味も出てくるのではないか。

専門教育で扱われるテーマを賛否で論にて良いか,という疑問もあるが,
今日の大衆化した大学における学部教育レベルでは「広く浅い」アプローチも重要になってきている,その一面がディベートの専門教育への導入の試みではないだろうか。

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