2014年3月2日日曜日

無名漫画家の遺書

2月28日 二晩夜更かしてやなせたかし『アンマンパンの遺書』(岩波現代文庫)

遺書とはタイムリーな,と思って手に取ったら,単行本の発売は20年前。
遺書というより,葛藤の自叙伝。

本人は(アンパンマンまで)ヒット作もなく終わる漫画家人生と思い悩んでいた。
「中くらいの才能」「日陰の生活」という謙遜じみた表現がたびたび出てくる

しかし,世間一般に知れ渡る大ヒットが晩年までなかっただけで,
業界では着目され,常に売れていた(舞台美術家,作曲家,シナリオライター,絵本作家)。

人生万事そのうようで,「起」「承」「転」「結」と4つの部に分けられているが,起伏には乏しい。
 幼くして夫に先立たれた母が再婚したため,既に弟が跡取りとして養子に迎えられていた伯父宅に預けられ,伯父や弟が住む奥座敷とは離れた書生部屋で叔父と一緒の生活を余儀なくされたが,それ以外に生活に制約は少なく卑屈な思いはせずに済んだ。
 東京高等工芸学校(現千葉大学工学部)への進学に一浪しているものの,自由な校風と銀座に近いという立地のため青春を謳歌できた。
(徴兵は青春の時間を奪ったことになるが,理不尽なビンタなどは入隊直後に集中し,暗号班に配属されたため灼熱下の訓練・しごきを免れ,戦場でも前線に立つような緊迫感はなかった(項立ても「空白地帯」)。)

売れている同業者への見方も一歩退いている。
手塚治虫と馬場のぼるが内輪の会でどちらの花笠踊りが正統かで後に退かなかったとか,手塚は天才だから晩年になっても台頭する新人に嫉妬して「アドルフに告ぐ」で対抗ようとした,自分(やなせ)にはできないとか。

世間での無名への悩みとは裏腹に「自足の人生」を送っていたように思う。
遺言があるとすれば,その一点のような気がする。

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