論文の構成をスライドを眺めては修正。
1カ月も続けると煮詰ってくる。
まだ納得できていない点,詰め切れていない点があるが,しびれを切らした。
修正点も代わり映えしないように思えてきた。
そこでちょうど1週間くらい前,出張時に文章を書き始めた。
詰め切れていないうちに書くのは良くないが,他方で,論文は出来上がってからも構成等大幅な見直しは不可避だ。
所詮,頭で描くことには限りがある。論文としては一貫性が保てたとしても,問題構制が小さい,偏っていることが多々ある。
一旦書き上げても大胆な見直しをしないと良い論文にならない,と思っている。
という言い訳をして,書き始めたが,書き上げなくても不満が出てくる。
一応の構成が出来ていたのは自分では了解していることをベースにしていたからで,既に論じていたことの解説,再論が長い。
本当に論じるべきことが構成上も後回しになっている。
いわば贅肉が多く,見栄えが良くない,書いていても楽しくはない。
行き詰まったところで,先週末,恩師に近況報告のメールを認めた。
博士論文の種差をして頂いたI先生には半年に一度くらい博論後の研究の進展について連絡を差し上げている。論文のことばかりでなく,学会,研究会に出席して関心を抱いたことなど。
今回はたまたま論文を書こうとしていたので,それに触れた。
これが良かった。
それ以外の近況報告が長くなったので,論文に関しては
「これまでの原論の研究との関連では次の2点を言えれば良いのかな,と考えています」と2点だけ挙げた。
論文構想では,話の流れを重視しいた。
最近の働き方改革を題材に多様な労働の理論的分析について触れようとした。
現実との関連性が念頭にあると,係わる論点は沢山ある。
これまでに論じたことの再論もせざるを得ない。
しかし,それでは「1論文としてのテーマ」が曖昧になる。
1編の論文で論じられることには限りがある。
これまでの論文とは区別して「今回論ずべき」学問上の論点は何かが,現実との連関性のうらで,ぼやけていた。
一昨日は頭の中でモヤモヤ,霞が一挙に晴れた。
まだ詰めていない部分は残っているが,「パス(ゴールへの径路)が見えた」という気になった。
書き進めると,直に新たな疑問,悩みに遭遇するのはわかりきっているが,ホッとした。
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