6月10日付の日本経済新聞は経済産業省が前日発表した調査を紹介している。
「1997年からの10年間で、年収600万~1500万円の人たちが2割近く減った」
「年齢別では30~40歳代の収入減が目立つ」
給与所得者1人あたりの年収は「600万~1500万円の人たちが減った半面、400万円以下が増え、なかでも200万円以下が3割増となった。」
そして最後に「若年層の非正規雇用が拡大したためだ」という同省の見立てを紹介して終わっている。
しかし,通常「若年層」とは(労働人口の下限である)15歳から34歳までを指すので
、「若年層の非正規雇用が拡大した」ことと30歳代,40歳代の年収下落とを結びつける必要がある。
つまり,内閣府による今週の指標No.754「非正規雇用比率の上昇が賃金指数に与える影響」(06/9/11)のようにである。
人口に膾炙するフレーズでも,「日本経済」新聞である以上,省庁の発表を横流し,失礼^/^,紹介するだけでなく,より丁寧な解説が求められるのではないだろうか。
2010年6月10日木曜日
2010年6月8日火曜日
ピース

いくつかのピースをつなぎ合わせようと,いろいろな組み合わせを試行錯誤していくうちに,月日が経っていく。ここで繰り返し「大きな図面が描けていない」と批判していたサッカー日本代表岡田監督のようなものだ。
6月8日 「経済原論」は再生産表式。
6月9日 「市場と組織」は内部労働市場の概説と小池和男氏による日本の労使関係先進論。昼休み,大学院教務厚生部会。「地域社会論」は農業と農政。事前に外部講師の方から紙に書いたものを映写したいと要望が届いていたので事務方にOHPの手配をお願いしたところ「紙では映写が安定しない」。自分はOHPを使ったことないので知らなかったが,古い型なので透明のシートに一端コピーする必要があった。「今度はうまくゆきました」。ところが教室に設置すると,光源が点灯しない。結局,紙をスキャナーで読み込んでPDFファイル化し,パソコンからプロジェクターを通じて映写することにした。最初からプロジェクター方式にしていれば,何でもなかったのだが,古い型のOHPは,自分ばかりか,利用経験のある職員の方もいなかったためテンヤワンヤしたわけだ。(写真は球場に並んでゲットした東北楽天イーグルス選手のフィギュア)
2010年6月7日月曜日
2010年6月6日日曜日
ブレる原因
先週金曜日の深夜,サッカー日本代表の,コートジボワールとの練習試合をビデオで観て唖然とした。
一つには先日の対イングランド戦での検討が嘘のような沈滞ぶり。
3ボランチから2ボランチに戻した,つまり攻めの選手が増えたはずなのに球を廻してばかりで前に運ばない。
翌日の新聞談話を見ると「相手が強かった」(闘莉王,名古屋グランパス)「1体1の局面で9割方負けていては勝負にならない」(長谷部,独ボルフスブルク)と,戦力差があるのは確かである。しかし,相手も大会直前のためかパス回しばかりの安全運転だったので付け入る隙はなかったのか。球際の強さ弱さは,イングランド戦と比較すれば明らかなように,技倆のせいばかりではないはずである。
もう一つは,事前に報道されていた通り,長谷部を急遽トップ下で用いたこと。
「使える選手とそうでない選手の見極めが出来た」という監督談話もそうだが,本番直前で今まで試したことない用兵を行なうとか,選手23名の登録が終わってから「見極め」していたとか,大会直前になって監督の戦術にブレ・揺れが垣間見えている。
かつて横浜マリノスやベガルタ仙台を率いていた清水秀彦氏が,2,3ヶ月前の読売新聞のコラムに,岡田監督は戦術的に行き詰まって以来,選手の入れ替えによって局面を打開しようとしている,という趣旨の指摘をしていたが,小手先の変化で対応しているというのはブレる人の特徴であろう。
なぜブレるのか,と言えば
直近の二人の首相,麻生氏,鳩山氏がそうであるように,
生まれも良く,人が善いため(偽悪的口調であっても),八方美人的対応をしてしまうことが原因の一つに考えられる。
二人とも「直前に会った人の進言に左右される」という報道がなされていた。
しかし,岡田監督はどちらかと言えば,頑固である。
周囲の助言・介入に対してはむしろ拒絶反応を示すタイプのようである。
彼の場合はむしろ発言が局面戦術ばかりで大きなビジョンが明確ではないのではないか。岡田監督の戦法と言えば,数名で相手ボールを奪って慎重に球を廻す,くらいしか思い浮かばない。しかし,ゴールまではその先遠い。また,トルシエ監督が繰り返し指摘しているように,ボールポゼッションを前提にした試合運びはアジアレベルの国を相手にした時の話で,ワールドカップに出る強豪国相手ではむしろボールを支配されている間のことを考える必要がある。それがない,と言うわけである。
ところで,ブレの原因をビジョンの明確さに求めると,身に詰まされることが多い。
人が善さはわかないが,論文構想では細部の詰めが甘くて立ち往生ということがあるからだ。岡田監督の迷走ぶりを見て反省しきりである。
6月5日 デイパック下げて外出。細部を詰めていたら全体像と齟齬。再び構想へ。ジムにてリラクゼーション・マッサージ。「凝ってますねぇ」はいつものこと。最後に「湾曲していますから時々伸びを入れた方が良いですよ」。
6月6日 夕方ジムにてストレッチ教室に参加した他は,近くのドトール・コーヒー。午後自宅,ファミレスと場所は変えても,繋がらない環の詰め方呻吟。
一つには先日の対イングランド戦での検討が嘘のような沈滞ぶり。
3ボランチから2ボランチに戻した,つまり攻めの選手が増えたはずなのに球を廻してばかりで前に運ばない。
翌日の新聞談話を見ると「相手が強かった」(闘莉王,名古屋グランパス)「1体1の局面で9割方負けていては勝負にならない」(長谷部,独ボルフスブルク)と,戦力差があるのは確かである。しかし,相手も大会直前のためかパス回しばかりの安全運転だったので付け入る隙はなかったのか。球際の強さ弱さは,イングランド戦と比較すれば明らかなように,技倆のせいばかりではないはずである。
もう一つは,事前に報道されていた通り,長谷部を急遽トップ下で用いたこと。
「使える選手とそうでない選手の見極めが出来た」という監督談話もそうだが,本番直前で今まで試したことない用兵を行なうとか,選手23名の登録が終わってから「見極め」していたとか,大会直前になって監督の戦術にブレ・揺れが垣間見えている。
かつて横浜マリノスやベガルタ仙台を率いていた清水秀彦氏が,2,3ヶ月前の読売新聞のコラムに,岡田監督は戦術的に行き詰まって以来,選手の入れ替えによって局面を打開しようとしている,という趣旨の指摘をしていたが,小手先の変化で対応しているというのはブレる人の特徴であろう。
なぜブレるのか,と言えば
直近の二人の首相,麻生氏,鳩山氏がそうであるように,
生まれも良く,人が善いため(偽悪的口調であっても),八方美人的対応をしてしまうことが原因の一つに考えられる。
二人とも「直前に会った人の進言に左右される」という報道がなされていた。
しかし,岡田監督はどちらかと言えば,頑固である。
周囲の助言・介入に対してはむしろ拒絶反応を示すタイプのようである。
彼の場合はむしろ発言が局面戦術ばかりで大きなビジョンが明確ではないのではないか。岡田監督の戦法と言えば,数名で相手ボールを奪って慎重に球を廻す,くらいしか思い浮かばない。しかし,ゴールまではその先遠い。また,トルシエ監督が繰り返し指摘しているように,ボールポゼッションを前提にした試合運びはアジアレベルの国を相手にした時の話で,ワールドカップに出る強豪国相手ではむしろボールを支配されている間のことを考える必要がある。それがない,と言うわけである。
ところで,ブレの原因をビジョンの明確さに求めると,身に詰まされることが多い。
人が善さはわかないが,論文構想では細部の詰めが甘くて立ち往生ということがあるからだ。岡田監督の迷走ぶりを見て反省しきりである。
6月5日 デイパック下げて外出。細部を詰めていたら全体像と齟齬。再び構想へ。ジムにてリラクゼーション・マッサージ。「凝ってますねぇ」はいつものこと。最後に「湾曲していますから時々伸びを入れた方が良いですよ」。
6月6日 夕方ジムにてストレッチ教室に参加した他は,近くのドトール・コーヒー。午後自宅,ファミレスと場所は変えても,繋がらない環の詰め方呻吟。
2010年6月4日金曜日
ゼミ指導
講義では喋りっぱなしになっているが,
ゼミでは逆に学生に任せている。
そのため,例えば,教養セミナーでは私人身はディベート形式の授業は受けたことがないのに,司会者を割り当てられた学生が勝手にディベート形式で推し進めてくれる。
しかし他方で,学部ゼミでは,ゼミ生からは無関心ばかりに「気のない返しですねぇ」と揶揄されるたりする^^;。
しかし,黙っておれない時があって,最近,教養セミナーでは最後の教師講評の済,「皆さんの意見は尊重するし,そもそも考えに優劣はつけられないが,その前に著者が何を言おうとしているのか,テキストを丁寧に読もう」と繰り返しアドバイスしている。
またゼミでは,留学生のレジュメに対して「先ず著者が何を言おうとしているかを正確にまとめよう」と指導している。
もちろん,指摘が細かすぎれば,講義をした方が手っ取り早いし,学生の考える力を奪ってしまう。
その兼ね合いがむつかしい。「気のない」などと受け止められるようではまだまだである。
6月4日 「経済原論」は賃金および流通過程を一緒に講義。自分自身はそうとは考えていない,多様な労働を含む売ると考えているが,テキストは賃金形態=剰余価値の隠蔽形態という認識なのでさらっと。教養セミナー「格差を考える」
は第3章前半。ベーシック・インカム論の思想分野における先駆けとしてネグリを取り上げているが,1年生には難しく,その意味内容を捉えることに難儀しているようだ。
「経済原論演習」は今週から小池和男『仕事の経済学』。まとめに不正確なところがあるので「やり直し(`_´メ)」。院入試を睨んで少し厳しく対応。
ゼミでは逆に学生に任せている。
そのため,例えば,教養セミナーでは私人身はディベート形式の授業は受けたことがないのに,司会者を割り当てられた学生が勝手にディベート形式で推し進めてくれる。
しかし他方で,学部ゼミでは,ゼミ生からは無関心ばかりに「気のない返しですねぇ」と揶揄されるたりする^^;。
しかし,黙っておれない時があって,最近,教養セミナーでは最後の教師講評の済,「皆さんの意見は尊重するし,そもそも考えに優劣はつけられないが,その前に著者が何を言おうとしているのか,テキストを丁寧に読もう」と繰り返しアドバイスしている。
またゼミでは,留学生のレジュメに対して「先ず著者が何を言おうとしているかを正確にまとめよう」と指導している。
もちろん,指摘が細かすぎれば,講義をした方が手っ取り早いし,学生の考える力を奪ってしまう。
その兼ね合いがむつかしい。「気のない」などと受け止められるようではまだまだである。
6月4日 「経済原論」は賃金および流通過程を一緒に講義。自分自身はそうとは考えていない,多様な労働を含む売ると考えているが,テキストは賃金形態=剰余価値の隠蔽形態という認識なのでさらっと。教養セミナー「格差を考える」
は第3章前半。ベーシック・インカム論の思想分野における先駆けとしてネグリを取り上げているが,1年生には難しく,その意味内容を捉えることに難儀しているようだ。
「経済原論演習」は今週から小池和男『仕事の経済学』。まとめに不正確なところがあるので「やり直し(`_´メ)」。院入試を睨んで少し厳しく対応。
言うは易し
公約ばかりか,工程表付きのマニフェストも「破るもの」というのが相場
というか,有権者が諦め,受容しているものかと思っていたら
鳩山首相が政治的責任を取って辞任した。
「公約」というと軽いが,「食言」といわれては堪えるらしい。
と他人事のように思っていたら,
3月中に論文を仕上げると,前の論文の抜刷を送付する際に宣言したものの,
3月は去り,4月は学会当初の喧噪に紛れ,5月はGW旅行でリラックスしすぎて,
ぐるぐる論点の周辺を徘徊している内に6月になってしまった。
政治家の食言は辞任によって贖えることができるだろうが,
研究者の食言は,端から真に受けられていないせいか,そのまま有耶無耶になっている。
しかし,ケジメがつかないと,何時までも問題を抱えたまま,ということになる。
リスケジュールして続けるしかない,ということか。
6月2日 「市場と組織」は小池和男『仕事の経済学』第1章「知的熟練」の読み取り。昼休み,旧経済情報系講座会議。定例学科会議。合間に「地域社会論」に顔を出して外部講師の紹介。終了15分前に学科会議を抜け出して講師を労おうと再び教室に戻ったところ既に授業は終わって講師も帰られていた。交流戦,東北楽天イーグルス3x7阪神タイガース戦を観戦したい気持ちを抑えてジム経由でファミレス残業。
6月3日 近くの皮膚科医院に。開院30分前に駆けつけ,5番目をゲットしたが,結局50分待ち。自宅で「地域社会論」や教養セミナー「格差を考える」の学生コメントをBlackboardからダウンロード。点数をアップロード。昼食を兼ねファミレスで原稿。一端自宅に戻って,夜再びファミレス。
というか,有権者が諦め,受容しているものかと思っていたら
鳩山首相が政治的責任を取って辞任した。
「公約」というと軽いが,「食言」といわれては堪えるらしい。
と他人事のように思っていたら,
3月中に論文を仕上げると,前の論文の抜刷を送付する際に宣言したものの,
3月は去り,4月は学会当初の喧噪に紛れ,5月はGW旅行でリラックスしすぎて,
ぐるぐる論点の周辺を徘徊している内に6月になってしまった。
政治家の食言は辞任によって贖えることができるだろうが,
研究者の食言は,端から真に受けられていないせいか,そのまま有耶無耶になっている。
しかし,ケジメがつかないと,何時までも問題を抱えたまま,ということになる。
リスケジュールして続けるしかない,ということか。
6月2日 「市場と組織」は小池和男『仕事の経済学』第1章「知的熟練」の読み取り。昼休み,旧経済情報系講座会議。定例学科会議。合間に「地域社会論」に顔を出して外部講師の紹介。終了15分前に学科会議を抜け出して講師を労おうと再び教室に戻ったところ既に授業は終わって講師も帰られていた。交流戦,東北楽天イーグルス3x7阪神タイガース戦を観戦したい気持ちを抑えてジム経由でファミレス残業。
6月3日 近くの皮膚科医院に。開院30分前に駆けつけ,5番目をゲットしたが,結局50分待ち。自宅で「地域社会論」や教養セミナー「格差を考える」の学生コメントをBlackboardからダウンロード。点数をアップロード。昼食を兼ねファミレスで原稿。一端自宅に戻って,夜再びファミレス。
2010年6月1日火曜日
講義と教材
「経済原論」では1篇を終わることに関連する記事を読み,設問に対して答えて貰う,という読み取りをしている。
原論は抽象的な話なので,現実に起きていることとの関連を示したい,講義は聴きっぱなしなので読み,まとめ,書くという積極的作業をして貰いたい,長い文章を読んでもらいたい等の意図からである。
Blackboardを利用しているのは回答を一覧表で打ち出せるので,1名1枚の紙に書き出す方法より取り扱いが簡単という理由からだ。
今日,6月1日はテキストの第3篇,資本主義の生産(剰余価値の形成)が終わったところなので,田中洋子さん(筑波大)の「新しい雇用・労働システムを求めて」(『生活経済政策』No.148,’09.5)を教室で読み合わせてみた。すると,授業終了後,ある学生から「ただ読むばかりじゃなく,要点を示してから,読む方法はどうでしょうか。論文を読むだけでは退屈なので」という感想が寄せられた。
しかし,文章を読んで要点を読み取ってもらうことこそこの読み取り形式で学生に期待していることなのだ。
また要点を示すことは実は通常の講義で行なっている。テキストの要点をパワーポイントに示して解説しているのだから。そのため「テキストは買わなくても良い」と考える学生も出てきていることは痛し痒しだ。通常の講義がそうであるからこそ,たまには学生に主体的な作業をしてもらうことにしているのだ。さらに,大学生の新聞講(購)読率が落ちているといわれる状況なので,長い文章を読んでもらいたいという意図を込めているのは上に述べた通りだ。
したがって,先の要望は読み取りの意図を理解しないものといって良い。
他方,「退屈」という訴えは無碍には否定できない。
実際,何カ所かに区切って輪読していたうち,学生が質問してきたのは最初のパートだけで,それ以降は質問も出ないため,こちらが気付いたことを解説していた。
学生が退屈に感じていたのは間違いないだろう。
「授業は遊びではない。面白可笑しいことが聞きたかったら,教室の外に出ろ」と言下に却下すべきご時世ではない。
「豊かな社会」では実利に訴えるか関心に訴えない限り,積極的に勉強することを期待するのは難しいからだ。
長々読んだ後に最後に設問に答えて貰うのではなく,パート毎に設問への回答を書き出す,記事だけでなく,参考となる資料,グラフや映像を示す,などの工夫が求められているのであろう。
原論は抽象的な話なので,現実に起きていることとの関連を示したい,講義は聴きっぱなしなので読み,まとめ,書くという積極的作業をして貰いたい,長い文章を読んでもらいたい等の意図からである。
Blackboardを利用しているのは回答を一覧表で打ち出せるので,1名1枚の紙に書き出す方法より取り扱いが簡単という理由からだ。
今日,6月1日はテキストの第3篇,資本主義の生産(剰余価値の形成)が終わったところなので,田中洋子さん(筑波大)の「新しい雇用・労働システムを求めて」(『生活経済政策』No.148,’09.5)を教室で読み合わせてみた。すると,授業終了後,ある学生から「ただ読むばかりじゃなく,要点を示してから,読む方法はどうでしょうか。論文を読むだけでは退屈なので」という感想が寄せられた。
しかし,文章を読んで要点を読み取ってもらうことこそこの読み取り形式で学生に期待していることなのだ。
また要点を示すことは実は通常の講義で行なっている。テキストの要点をパワーポイントに示して解説しているのだから。そのため「テキストは買わなくても良い」と考える学生も出てきていることは痛し痒しだ。通常の講義がそうであるからこそ,たまには学生に主体的な作業をしてもらうことにしているのだ。さらに,大学生の新聞講(購)読率が落ちているといわれる状況なので,長い文章を読んでもらいたいという意図を込めているのは上に述べた通りだ。
したがって,先の要望は読み取りの意図を理解しないものといって良い。
他方,「退屈」という訴えは無碍には否定できない。
実際,何カ所かに区切って輪読していたうち,学生が質問してきたのは最初のパートだけで,それ以降は質問も出ないため,こちらが気付いたことを解説していた。
学生が退屈に感じていたのは間違いないだろう。
「授業は遊びではない。面白可笑しいことが聞きたかったら,教室の外に出ろ」と言下に却下すべきご時世ではない。
「豊かな社会」では実利に訴えるか関心に訴えない限り,積極的に勉強することを期待するのは難しいからだ。
長々読んだ後に最後に設問に答えて貰うのではなく,パート毎に設問への回答を書き出す,記事だけでなく,参考となる資料,グラフや映像を示す,などの工夫が求められているのであろう。
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