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2010年6月1日火曜日

講義と教材

経済原論」では1篇を終わることに関連する記事を読み,設問に対して答えて貰う,という読み取りをしている。

原論は抽象的な話なので,現実に起きていることとの関連を示したい,講義は聴きっぱなしなので読み,まとめ,書くという積極的作業をして貰いたい,長い文章を読んでもらいたい等の意図からである。
Blackboardを利用しているのは回答を一覧表で打ち出せるので,1名1枚の紙に書き出す方法より取り扱いが簡単という理由からだ。

今日,6月1日はテキストの第3篇,資本主義の生産(剰余価値の形成)が終わったところなので,田中洋子さん(筑波大)の「新しい雇用・労働システムを求めて」(『生活経済政策』No.148,’09.5)を教室で読み合わせてみた。すると,授業終了後,ある学生から「ただ読むばかりじゃなく,要点を示してから,読む方法はどうでしょうか。論文を読むだけでは退屈なので」という感想が寄せられた。

しかし,文章を読んで要点を読み取ってもらうことこそこの読み取り形式で学生に期待していることなのだ。
また要点を示すことは実は通常の講義で行なっている。テキストの要点をパワーポイントに示して解説しているのだから。そのため「テキストは買わなくても良い」と考える学生も出てきていることは痛し痒しだ。通常の講義がそうであるからこそ,たまには学生に主体的な作業をしてもらうことにしているのだ。さらに,大学生の新聞講(購)読率が落ちているといわれる状況なので,長い文章を読んでもらいたいという意図を込めているのは上に述べた通りだ。
したがって,先の要望は読み取りの意図を理解しないものといって良い。

他方,「退屈」という訴えは無碍には否定できない。
実際,何カ所かに区切って輪読していたうち,学生が質問してきたのは最初のパートだけで,それ以降は質問も出ないため,こちらが気付いたことを解説していた。
学生が退屈に感じていたのは間違いないだろう。

「授業は遊びではない。面白可笑しいことが聞きたかったら,教室の外に出ろ」と言下に却下すべきご時世ではない。
「豊かな社会」では実利に訴えるか関心に訴えない限り,積極的に勉強することを期待するのは難しいからだ。
長々読んだ後に最後に設問に答えて貰うのではなく,パート毎に設問への回答を書き出す,記事だけでなく,参考となる資料,グラフや映像を示す,などの工夫が求められているのであろう。

2010年4月14日水曜日

いよいよ開幕

今週から講義が始まった。
初回は科目の紹介だけなのだが,その準備,仮登録の追加,取消などがあり気ぜわしい。
授業支援システムBlackboardは受講生が確定した後に利用できる建前だが,それ以前に利用するためには受講生の学生番号と氏名を担当事務に連絡しなければならない。しかし,どの科目も開講したばかりだから,履修希望の追加や登録がある。
また春休みが実質ない状態で年度末を過ごし,講義日程の細部は詰めていなかった。日程組み替えの検討,つまり1階ごとの講義テーマの追加・削除も新学期が始まる直に泥縄式に行なっている。
ガイダンスだけでこれだけ忙しいのだから,週1回ないし週2回ペースで講義が始まるとどうなることやら。

直ちには授業以外のことに手が回らない状況だが,大学教員である以上,この喧噪の中で自分のテーマを追求せざるを得ない。
キャンプ,オープン戦を通じて課題を克服しきらないまま新シーズンを迎えたプロ野球選手と同じで「いよいよ開幕」といったところか。

 3月14日 昨日の3便続けて置いてけぼりに懲りて始発より高速バス乗車。「市場と組織」「地域社会論」の初回ガイダンス。後者は立ち見多数のため次週より昨年度と同じ103番教室に変更。母より半年毎の検診「異常なし」。

2010年2月11日木曜日

餅は餅屋か

 2月10日 公務員対策講座で生協主催講座でも講師を務めているA先生の「論作文の技法」を聴かせていただいた。講義プリントの印刷・配布,出席カードの配布,回収を頼まれたいたので,昨年に続き傍聴することになった。小論文の課題テーマに対して決して深入りせずバランスをとりながら回答する模範例を読むと「餅は餅屋」と納得した。
 こちらはつい新聞解説以上のことを述べようとか,ヌエ的表現(失礼!)では見え見えの誤魔化しと忌避しがちだが,いろいろな専攻の学生が受験する小論文では専門的で断定調なことは求められていないのであろう。

 引き続き「集団討論の技法」の講義が設定されていたが,出席カードを配って人文学部の「授業改善FDシンポジウム『成績評価を考える』」に参加。学生,教員から成績評価についての貴重な発言があった。学部として意見統一する場ではないので,それぞれの考えが述べられたに過ぎないが,惜しむらくは他大学にも参考になる成績評価上の普遍的な問題を取り上げるという視点があってもよかったのではないか。社会から「学士力」が問われ,他方で独立行政法人の仕分けが日程に上る今日では,内部で合意すれば済むという問題ではないように思われるからである。先祖秘伝が自慢の餅屋では立ちゆかないのではないか。途中で退出し出席カードの回収。

 朝一番,教養科目「日本国憲法」の試験監督補助。こういう時はちゃんと目が醒める^^;。夜,SGCIMEの春合宿のテーマについて幹事にメールで確認。全体会で昨秋上梓された小幡道昭先生の『経済原論』が取り上げられるとのこと。

2010年2月10日水曜日

懲りない人

 何度失敗しても懲りない人がいる。
 詰め込みすぎると,説明を端折ってしまう,聴く方も消化しきれないし,退屈に思うようになる。
 量を絞るに限る。スライド36枚を24枚にする。
 しかし,枚数削った分だけ詰め込みになる。
 しかも,サービスのつもりで,本筋を離れて補足を入れる。
 枚数を削っても結果が替わらないのも宜なるかな。

 2月9日 公務員対策講座で「格差・講義問題」を講義。上のような事情で昼休みを数分喰ってしまった。出席カードの中に1枚だけ「わかりやすかったです」とコメントされていたのが救いか。学部教育委員会の後,出席カードに記された質問への回答を作成。ジム帰りにドトール・コーヒー。論文構成の練り直しが先週以来続く。

2010年1月29日金曜日

花の金曜日に虚脱状態

 1月29日 昨日中に採点を終えた宮城学院女子大「経済社会特論」の成績を再チェックし,成績簿に転載。結局,不可が10名を超えたが,このうちのほとんどは小テストに2度とも参加していない。当然昨日の期末試験も受けていない。その他は,期末試験は受けたものの,小テストも1階は欠席していたり,4回も行なった新聞記事の読み取りの内1回しか参加していない。小テストや記事の読み取りにより基礎点60点を与えているので,期末試験でいくら頑張ったとしても挽回できないのは致し方あるまい。教養科目「市場経済」は格差問題。毎週金曜日はそうといえばそうだが,今回は期末試験前の最後の授業だから,終わった途端しばらく虚脱状態に陥った。講義室から直接山形大学生協に赴いてアイスクリームとコーラを買った,それくらい疲れて甘いものを求めたくらいしか思い出せない。「仕事が終わった」開放感なのか,「忙しかった」徒労感なのか。これからが花の金曜日なのに?「モヌケの殻」然ととしている様はとても他人様にはお見せできない。
 ようやく帰る間際になって,本日〆切のシラバス投稿。
 「市場と組織」は,内部労働市場の仕組みや人的資本理論や知的熟練という理屈付けの解説を薄くしたり,割愛して,非正規雇用の増大=内部労働市場の変容という視点から資本主義の現状に考察することにした。
 「経済原論」は昨年度までの19世紀末以降の資本主義の発展を解説するスタイルに戻した。資本主義原理の仕組みばかりを説いても,学生には何のための議論か理解しにくいだろうと思ってのことだ。学説上の対立にはなるべく踏み込まず,仕組みを簡潔に説いているので,講義内容自体は理解してもらえていると判断するが,「関心を持って」はもらえていないようだから。現代と結ぶ部分を解説する代わりに,いわゆる競争論,市場機構論を思い切って割愛した。