サッカー・ヨーロッパ・チャンピオンズリーグ準決勝第2試合,伊インテル0x1西バルセロナを録画で観た。
休日の朝,前半戦だけ早送りで見て,昼食時後半戦をじっくり見た。
第1試合を1対3で失っていたため,逆転は難しいと思っていたが,
第2試合もインテルの堅い守りの前に1点取るのがせいぜいであった。
さすがのメッシも縦突進ができなければ,点には結び付かない。
インテルの屈強な守備陣の勝利ということであろう。
第2試合同様ボール保有率で劣った第1試合で3点も獲得したということは,たとえカウンター攻撃にせよ,インテルが「守りだけのチーム」ではないことを示している。
ここ数年,攻撃サッカーが流星していく中で「堅い首位」優先のイタリア・サッカーは影が薄くなったいたが,持ち前の守備を一層堅固にすることで相手チームに焦躁感,徒労感を植え付け,失点の隙を作らせたように思う。
W杯でもこれが新しいトレンドになるか大いに注目される。
4月30日
「経済原論」は商品論,商品貨幣説の解説。教養セミナー「格差を考える」は山森第1章後半。司会者に任せたところ,ディベイト形式で進めてくれたものの,テキストの理解が曖昧で同床異夢的なすれ違いがママ認められた。「経済原論演習」は奥村宏『法人資本主義の構造』第3章。ゴールデンウィークの間,中国人留学生を独り置いてけぼりにするようで気が退けていたが,東京の留学生仲間を訪ねると聞いてホッとすると同時に,父親的心境で心配になった。
2010年4月30日金曜日
2010年4月29日木曜日
ランニング
最近ランニングが流行っていると聞く。
流行に釣られて未経験者が多く参加している皇居ランニングではマナー違反によるトラブルが多発していると報じられていた。
屋外を走るランニング,ジョギングには久しく体験していないが,
ジムの,「動く歩道」のようなトレッドミルの上を走ることは2年くらい前まで2,3年間ほぼ間に日続けていた。
そしてこの度,体調管理,端的に言えば体重・体脂肪率管理のために,再開することにした。
以前は30数分掛けて6kmをほぼ毎日走っていたが,
現在は体力に相談して5kmを28分弱で走っている。
また以前は11-12km/hの間で時速に変化をつけながら走っていたが,
現在は11km/hの定速走行に徹している。速度に変化をつけようとすると,どうしても速い方に合わせがちになり,疲労困憊してしまうからだ。
よく「1人で走っていてつまんなくない」と尋ねられるが,そう思ったことはない。
自分のその時々の体調,体力,持久力と「語り合いながら」は知っているので孤独には思わない。
こう言うと「引き籠もり」的に思われるかもしれないが,ムリをしないように調整しようと心がければ,自ずとその時々の体調,疲労や食事の取りすぎ,練習のしすぎなどがわかる。
逆に「今日は体が重い」と思っていても,走り始めると体の違和感は吹っ飛んでしまうので,大した不調でもないと安堵が得られる。体調の管理には好都合だ。
もちろん,いきなり5kmあるいは28分を目指す時が重くなるので,
例えば,500mずつ,つまり10%の達成を目処にすれば,目標に押しつぶされるような重圧感を背負うことはない。
現在なら,右手の振り300回余り,3分弱で500mに達するので,300数えているうちに「10%こなした」という達成感が得られる。後「70%も残っている」と思うよりも「30%は達成した」と考える方が,残りの距離は同じでも,心理的負担は軽い。逆に距離が半分を超すと,「後30%,16-17分だ」とやはり小さい方を挙げた方が前途を明るく展望?できる。
平凡だが,ランニングに限らず,目標を小まめに設定することが継続のコツのように思う。
4月27日 「経済原論」は前回の「経済学の体系」を復習する意味で,加藤榮一「福祉国家と現代資本主義」を輪読。学生には11日までにオンライン上で設問「現代資本主義の捉え方における筆者と宇野弘蔵との違い」に答えて貰うことにした。昼休み,紀要社会科学編編集委委員会。第41巻1号の掲載論文を正式に決定。GW後の講義資料作り溜め作戦展開中。
4月28日 「市場と組織」は日本の賃金制度。GW明けまでの講義資料を作り貯めしようと,12日の「キャリアガイダンス」のスライドを作成。36枚を24枚に収めたところで終了。ジムの後ファミレス。
流行に釣られて未経験者が多く参加している皇居ランニングではマナー違反によるトラブルが多発していると報じられていた。
屋外を走るランニング,ジョギングには久しく体験していないが,
ジムの,「動く歩道」のようなトレッドミルの上を走ることは2年くらい前まで2,3年間ほぼ間に日続けていた。
そしてこの度,体調管理,端的に言えば体重・体脂肪率管理のために,再開することにした。
以前は30数分掛けて6kmをほぼ毎日走っていたが,
現在は体力に相談して5kmを28分弱で走っている。
また以前は11-12km/hの間で時速に変化をつけながら走っていたが,
現在は11km/hの定速走行に徹している。速度に変化をつけようとすると,どうしても速い方に合わせがちになり,疲労困憊してしまうからだ。
よく「1人で走っていてつまんなくない」と尋ねられるが,そう思ったことはない。
自分のその時々の体調,体力,持久力と「語り合いながら」は知っているので孤独には思わない。
こう言うと「引き籠もり」的に思われるかもしれないが,ムリをしないように調整しようと心がければ,自ずとその時々の体調,疲労や食事の取りすぎ,練習のしすぎなどがわかる。
逆に「今日は体が重い」と思っていても,走り始めると体の違和感は吹っ飛んでしまうので,大した不調でもないと安堵が得られる。体調の管理には好都合だ。
もちろん,いきなり5kmあるいは28分を目指す時が重くなるので,
例えば,500mずつ,つまり10%の達成を目処にすれば,目標に押しつぶされるような重圧感を背負うことはない。
現在なら,右手の振り300回余り,3分弱で500mに達するので,300数えているうちに「10%こなした」という達成感が得られる。後「70%も残っている」と思うよりも「30%は達成した」と考える方が,残りの距離は同じでも,心理的負担は軽い。逆に距離が半分を超すと,「後30%,16-17分だ」とやはり小さい方を挙げた方が前途を明るく展望?できる。
平凡だが,ランニングに限らず,目標を小まめに設定することが継続のコツのように思う。
4月27日 「経済原論」は前回の「経済学の体系」を復習する意味で,加藤榮一「福祉国家と現代資本主義」を輪読。学生には11日までにオンライン上で設問「現代資本主義の捉え方における筆者と宇野弘蔵との違い」に答えて貰うことにした。昼休み,紀要社会科学編編集委委員会。第41巻1号の掲載論文を正式に決定。GW後の講義資料作り溜め作戦展開中。
4月28日 「市場と組織」は日本の賃金制度。GW明けまでの講義資料を作り貯めしようと,12日の「キャリアガイダンス」のスライドを作成。36枚を24枚に収めたところで終了。ジムの後ファミレス。
2010年4月27日火曜日
段取り
前言を簡単に翻すようで悪いが,単に机に付く時間が長いのをワーカホリックというのは適切な表現ではないだろう。
裁量が余り認められていない仕事の場合には,机に付くのが長いのは割り振られた仕事の分量が多すぎるからに他ならない。(お付き合い残業は除く)
仕事に裁量性がある場合には,ノルマがきつすぎる可能性も大ではあるが,本人の仕事の段取りが悪いことも大きな要因になる。勝間本などノウハウ集が売れる所以だ。
そして仕事の段取りとは,要は優先順位の付け方が適切ではないということであり,
適切な判断ができないということは,本人の資質を別にすれば,結局,周囲の人への配慮から急がなくても良いことを後回しにできない,ということであろう。
こうしてみると,問題の根幹は本人の覚悟ということになって,ますます勝間本が需要されることになる。
しかし,一歩退いて,仕事の目標を緩やかに設定すれば,優先順位の設定に幅があるということは「余裕を持って仕事をしている」ことであるから決して悲観的に捉える必要はない。
結局,周囲へも仕事へも自覚的であることが肝要ということになる。
裁量が余り認められていない仕事の場合には,机に付くのが長いのは割り振られた仕事の分量が多すぎるからに他ならない。(お付き合い残業は除く)
仕事に裁量性がある場合には,ノルマがきつすぎる可能性も大ではあるが,本人の仕事の段取りが悪いことも大きな要因になる。勝間本などノウハウ集が売れる所以だ。
そして仕事の段取りとは,要は優先順位の付け方が適切ではないということであり,
適切な判断ができないということは,本人の資質を別にすれば,結局,周囲の人への配慮から急がなくても良いことを後回しにできない,ということであろう。
こうしてみると,問題の根幹は本人の覚悟ということになって,ますます勝間本が需要されることになる。
しかし,一歩退いて,仕事の目標を緩やかに設定すれば,優先順位の設定に幅があるということは「余裕を持って仕事をしている」ことであるから決して悲観的に捉える必要はない。
結局,周囲へも仕事へも自覚的であることが肝要ということになる。
2010年4月26日月曜日
制御(コントロール)
ここでいう制御とは文字通り体調管理,端的に言えば体重管理だ。
自分は小肉小身で太って困ったという記憶はない。
さすがに若い時よりは徐々に体重が増えているが,ダイエットの必要に迫られたことはない。
ほぼ毎日ジムに通っているが,それは健康管理,端的には気分転換のためだ。
もちろん,帰省したり,合宿に出かけると,毎晩暴飲暴食状態なので体重は増えるが,一ヶ月もしないうちに元に戻っていた。
ところが,昨年夏の合宿が終わってからも体重が落ち無いどころか,徐々に増えている。1年前に比べると体重で3kg,体脂肪率で3%ポイント増えている。
思い当たることと言えば,ファミレスくらいだ。
以前はファミレスに寄っても専らコーヒーをお代わりするくらい(ドリンクバー)で食事は自宅で取っていた。
さすがに就寝前の食事は良くないだろうと,ファミレスで食事を取るようにした。しかも,元来小食で高カロリーなものは好まない。但し,貧乏性なのか「お代わり自由」となると,スープもサラダも繰り返し摂取してしまう。
もう一つは間食。もともと間食大好きなので研究室にはお菓子類を置かないようにしていたが,種々の理由で置き始めた。これも一要因かもしれない。
構想中の気分散漫,お代わり貧乏性,間食,いずれも気持ちの問題だ。
ちょうど歳を取るとダジャレ好きになるように?,知らず知らずのうちに意識が緩慢になっていたということかもしれない。
自分は小肉小身で太って困ったという記憶はない。
さすがに若い時よりは徐々に体重が増えているが,ダイエットの必要に迫られたことはない。
ほぼ毎日ジムに通っているが,それは健康管理,端的には気分転換のためだ。
もちろん,帰省したり,合宿に出かけると,毎晩暴飲暴食状態なので体重は増えるが,一ヶ月もしないうちに元に戻っていた。
ところが,昨年夏の合宿が終わってからも体重が落ち無いどころか,徐々に増えている。1年前に比べると体重で3kg,体脂肪率で3%ポイント増えている。
思い当たることと言えば,ファミレスくらいだ。
以前はファミレスに寄っても専らコーヒーをお代わりするくらい(ドリンクバー)で食事は自宅で取っていた。
さすがに就寝前の食事は良くないだろうと,ファミレスで食事を取るようにした。しかも,元来小食で高カロリーなものは好まない。但し,貧乏性なのか「お代わり自由」となると,スープもサラダも繰り返し摂取してしまう。
もう一つは間食。もともと間食大好きなので研究室にはお菓子類を置かないようにしていたが,種々の理由で置き始めた。これも一要因かもしれない。
構想中の気分散漫,お代わり貧乏性,間食,いずれも気持ちの問題だ。
ちょうど歳を取るとダジャレ好きになるように?,知らず知らずのうちに意識が緩慢になっていたということかもしれない。
ワーカホリック

週末,気分転換に遠出することにしてもデイパックにノートPCを入れてしまう。
そして各地?のスターバックスやドトールコーヒーでペーパーに朱を入れた後PCを起動させる。
数年前,研究会でご一緒いた方から「ワーカーホリック」と言われた時は,そりゃ誤解だとピンと来なかったが,今や否定しようがない。
構想がこの数週間同じ地点をぐるぐる回っているだけで一向に捗らないのもそのせいか。
GW旅行前に完全オフの日を作りたい。
4月24日 ぶらっと外出。帰りにファミレス。
4月25日 寝坊して午前中は事実上のオフ。どうせ負けるだろうと思いつつmyイーグルス2号を駆ってKスタ宮城球場へ。案の定というか,先発の田中マー君がぴりっとせず,先取点を取って貰ったのにランナー溜めて四球押し出し。バックネット裏では「大丈夫,大丈夫,頑張って」という黄色い声と「草野球見に来たんじゃねぇぞ。ストライクぐらい入れろ」という野次が飛び交っていた。東北楽天イーグルス4x3北海道日本ハムファイターズ。チームは初の3連勝で当方の観戦勝率もようやく4割。ジムでストレッチ教室の後,ファミレス。
4月26日 GW後まで見通して講義準備。3コマ分くらいで「今日はお仕舞い」という気になった。とてもホリックとはいえない^/^。
(写真は観戦の帰りに見つけた東六番丁目小学校庭に咲いた桜と手前東北本線)
2010年4月22日木曜日
三段階論・その2
三段階論の提唱者宇野弘蔵の場合,第2次大戦以降は段階論の対象とはされなかった。
1917年のロシア革命によってもはや社会主義への「過渡期」に入ったという認識と,それと裏表の関係にあるが,戦後の政策は支配的資本の利害だけを反映するものではなくなったという認識からである。
既存資本主義がほぼ崩壊した今日では,「社会主義への過渡期」という理由付けは通じないであろう。また,それと裏表で,戦後の,カッコ付きであれ「民主主義」や社会保障政策は社会主義が崩壊したからと言って廃棄されるものではない。したがって,第2次世界大戦後を段階論の対象にしない理由はなくなるはずだが,そうは行かない事情がある。
宇野弘蔵の場合,段階区分の基準を支配的資本の蓄積様式に求めているからである。
今日も支配的資本が金融資本である以上,新たな段階分析が必要になるわけではない。
これに対して,政策は支配的資本の利害から相対的に自立して展開されると考える加藤榮一の場合,第2次大戦以降も新たな段階規定が可能となる。
つまり,宇野が段階区分の基準を支配的資本の蓄積様式に求めているのに対して,加藤は政策に求めていると言えよう。
しかし,加藤のような捉え方では,政策は何に由来するかあ吉良かではなく,恣意的な段階区分に陥る可能性がある。
例えば,今日を「後期」資本主義と捉えているが,なぜ後期なのか,後期の後はないと言えるのか,甚だ疑問となる。(以下続くが,続稿いつになるやら)
4月22日 所用を済ませた後,登校。9時台初めのバスも学生で一杯だった。
1917年のロシア革命によってもはや社会主義への「過渡期」に入ったという認識と,それと裏表の関係にあるが,戦後の政策は支配的資本の利害だけを反映するものではなくなったという認識からである。
既存資本主義がほぼ崩壊した今日では,「社会主義への過渡期」という理由付けは通じないであろう。また,それと裏表で,戦後の,カッコ付きであれ「民主主義」や社会保障政策は社会主義が崩壊したからと言って廃棄されるものではない。したがって,第2次世界大戦後を段階論の対象にしない理由はなくなるはずだが,そうは行かない事情がある。
宇野弘蔵の場合,段階区分の基準を支配的資本の蓄積様式に求めているからである。
今日も支配的資本が金融資本である以上,新たな段階分析が必要になるわけではない。
これに対して,政策は支配的資本の利害から相対的に自立して展開されると考える加藤榮一の場合,第2次大戦以降も新たな段階規定が可能となる。
つまり,宇野が段階区分の基準を支配的資本の蓄積様式に求めているのに対して,加藤は政策に求めていると言えよう。
しかし,加藤のような捉え方では,政策は何に由来するかあ吉良かではなく,恣意的な段階区分に陥る可能性がある。
例えば,今日を「後期」資本主義と捉えているが,なぜ後期なのか,後期の後はないと言えるのか,甚だ疑問となる。(以下続くが,続稿いつになるやら)
4月22日 所用を済ませた後,登校。9時台初めのバスも学生で一杯だった。
2010年4月21日水曜日
三段階論・その1
「経済原論」では日高普『経済学』(岩波全書)をテキストとして用いている。もともと教養科目のテキストだが,原論固有の領域ばかりでなく,経済学の生成や19世紀末以降の資本主義の発展を解説してくれているので,専門科目と言っても初学者に等しい学部2年生にはちょうど良いと考えてのことである。
後ろ3分の1の,資本主義の発展に関する叙述は,段階論的叙述と現状分析的叙述とを明確に分けているわけではないが,冒頭第4章『経済学の体系』では経済学方法論として三段階論について解説されている。
このテキストを10年以上近く用いているが,この解説が三段階論の必要性,言い換えると原理論-現状分析という二段階論の問題点を十分に解いているとは思えなかった。いわゆる修正主義論争に触れてはいるが,二段階論の典型である修正主義,教条主義それぞれの問題点を説明し切れていない。そのため,自分独自に両者の問題点を解説することをしていたが,学生には小難しい理屈と映るようで,十分伝わっているとは言えなかった。
そこで昨年,序論部分のまとめのつもりで,加藤榮一「福祉国家と資本主義」(工藤章編『20世紀資本主義』2,東京大学出版会,1995年,後に加藤『現代資本主義と福祉国家』第6章,ミネルヴァ書房,2006年)の一部を読んで設問に答えて貰う読み取りを行なってみた。
しかし,8ページ分読んでもらおうとしただけで時間オーバーしたり,専門論文のためか「日本語が理解できなかった」と散々な評判であった。
今年は別の文献をと考えていたが,適切なものが見つからなかったので,序論的部分を削って正味6ページで再チャレンジしようと考えている。
もとより加藤論文は三段階論の必要性自体を説いたものではない。宇野三段階論の特徴と問題点を指摘した上で自身の現代資本主義へのアプローチを示したものである。
そこで,三段階論の必要性自体はテキスト第4章の解説で行ない,加藤論文には,段階論の現代資本主義への適用の仕方,三段階論の意義を学生に示し,現代と資本主義の関係を考えて貰うことを期待している。
来週火曜日の授業時間に読み合わせ,5月11日までに学生に設問「宇野と加藤の現代資本主義の位置づけの違い」への答えをBlackboardに入力して貰う予定である。
さて,どういう解答,感想が得られるか,楽しみである。
4月19日 講義資料を作り,Blackboardにアップロードしたという記憶しかない。ジムの後,寄ったファミレスは学生,しかも20前後の若い学生で一杯。大学病院の近くなので医学部の学生か。
4月20日 7時発の高速バスが満席で素通りされ,10分後のバスも1名のみの空きで乗車。「経済原論」は資本主義的生産様式の生成。その後,上述の来週火曜日の講義資料作成。ジムにて5km走復活3日目。脚がパンパン。走り出しは脚が重いが,数分もすると,脚のことより完走までの残り時間ばかり考えて脚のことは忘れてしまう。昨日のファミレスと同じ系列店なのにほんの数百m離れているだけで学生より社会人が圧倒的に多いから不思議。
後ろ3分の1の,資本主義の発展に関する叙述は,段階論的叙述と現状分析的叙述とを明確に分けているわけではないが,冒頭第4章『経済学の体系』では経済学方法論として三段階論について解説されている。
このテキストを10年以上近く用いているが,この解説が三段階論の必要性,言い換えると原理論-現状分析という二段階論の問題点を十分に解いているとは思えなかった。いわゆる修正主義論争に触れてはいるが,二段階論の典型である修正主義,教条主義それぞれの問題点を説明し切れていない。そのため,自分独自に両者の問題点を解説することをしていたが,学生には小難しい理屈と映るようで,十分伝わっているとは言えなかった。
そこで昨年,序論部分のまとめのつもりで,加藤榮一「福祉国家と資本主義」(工藤章編『20世紀資本主義』2,東京大学出版会,1995年,後に加藤『現代資本主義と福祉国家』第6章,ミネルヴァ書房,2006年)の一部を読んで設問に答えて貰う読み取りを行なってみた。
しかし,8ページ分読んでもらおうとしただけで時間オーバーしたり,専門論文のためか「日本語が理解できなかった」と散々な評判であった。
今年は別の文献をと考えていたが,適切なものが見つからなかったので,序論的部分を削って正味6ページで再チャレンジしようと考えている。
もとより加藤論文は三段階論の必要性自体を説いたものではない。宇野三段階論の特徴と問題点を指摘した上で自身の現代資本主義へのアプローチを示したものである。
そこで,三段階論の必要性自体はテキスト第4章の解説で行ない,加藤論文には,段階論の現代資本主義への適用の仕方,三段階論の意義を学生に示し,現代と資本主義の関係を考えて貰うことを期待している。
来週火曜日の授業時間に読み合わせ,5月11日までに学生に設問「宇野と加藤の現代資本主義の位置づけの違い」への答えをBlackboardに入力して貰う予定である。
さて,どういう解答,感想が得られるか,楽しみである。
4月19日 講義資料を作り,Blackboardにアップロードしたという記憶しかない。ジムの後,寄ったファミレスは学生,しかも20前後の若い学生で一杯。大学病院の近くなので医学部の学生か。
4月20日 7時発の高速バスが満席で素通りされ,10分後のバスも1名のみの空きで乗車。「経済原論」は資本主義的生産様式の生成。その後,上述の来週火曜日の講義資料作成。ジムにて5km走復活3日目。脚がパンパン。走り出しは脚が重いが,数分もすると,脚のことより完走までの残り時間ばかり考えて脚のことは忘れてしまう。昨日のファミレスと同じ系列店なのにほんの数百m離れているだけで学生より社会人が圧倒的に多いから不思議。
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