2月末から会議のある日以外は有給休暇に当て自宅やカフェで読み書きしてきた。
この間考えてきたことは今まで書いたり報告したことさほど変わらない。その延長線上にあるが,兼ねて抱いてきた疑問を再確認した。それについてはまた後で。
そうこうするうち,論文リライトの必要性が生じた
この間,追ってきたことと密接に関連する面はあるが,しばらくはリライトを優先することになる。
いきなり書き出すよりも,しばらくはそのイメージを膨らませてみたい。
この間,労働力商品概念について考えてきたが,今まで報告してきたこと,書いてきたことのまだ延長線上にあるように思うので,もう少し進展してからいずれ。
先週は経済・マネジメントコースと職組人文支部でそれぞれ送別会を開いて頂き,送別の辞を述べた。
研究室の後片付けについて,前回,自宅に持ち帰るのは後2箱に収めたいと述べた。
しかし,実際に荷造りするとなると捨てられない本が一つ二つと出てきて,26日(月)は6箱余りの本を持ち帰った。
26日中には片付かなかったので,翌27日(火)もクルマで登校することになった。
当日は降雪が予想されていたとは言え,十歳はこちらの予想を超えていた。
朝の県境の国道286号線は時々地吹雪が舞い,一瞬ホワイトアウトのように視界が閉ざされることもあった。トンネルを出て高速を降りると,山形側は車道の両端に雪が残り,道が狭くなっていた。
研究室に残っているのは,文房具やPC関連機器,備品だけだと思っていたが,捨てがたい資料も1箱を埋めるほど残っていた。結局,段ボール5箱に軽量ラック2つなど私的に持ち込んでいた家財道具を持ち帰ることになった。
それでも床には様々なモノが転がっている。
最後は,紙資源として回収できるか,すべきかなど考えずにゴミ箱に次々に詰め込み這々の体で退却した。(それでもまだ車に乗せられなかったモノ,言い換えると利活用可能なモノが残っているが,後はバッグに詰めて持ち帰ることも可能だ)
今回は車で運び出す前に,自宅に持ち帰る書籍を絞り込むために,前々週から基準を立てる,棚毎に選り分けてみるなど,手前味噌ながら入念に準備したつもりだが,結局,箱詰めの段階で「例外的に」持ち帰るモノが次々と生じて,作業時間が大幅に延長した(26,27日は残った年休を割り当てていた)。
持ち帰ったものの,文具・備品以外の箱は全く荷解きしていない。
書架スペースは限られている。
まずは見在書架を占有しているモノの選別から始めるしかない。
2月20日(火) 研究室の本を整理し100サイズの段ボール箱8つを自宅に持ち帰ったところで,自宅に引き取るのは後せいぜい2,3箱だなと観念した。段ボールとしては置き場をあっても,並べる初夏スペースには限りがあるからだ。
そこで,翌21日(水)は午前中に本を片っ端から始末した。最初に取り寄せた120サイズの段ボールは本を一杯詰め込むと重すぎで持ち運ぶ内に腰を抜かす。そこで倉庫まとして使うことにした。として使うことにした。
まず研究室に残している本のうち,重要度に応じて棚に振り分けた。
ドアを入って左側が新旧宇野派の文献,右側がその他の文献及び古後者後者のほとんどは本学赴任以前に購入したもので,赴任後はほとんど手に取っていない。
20日(火)はしばしば用いる左列の本を自宅持ち帰る保存用と処分用に仕分けしていたので時間が掛かった。
22日(水)午前中はこの間,余り使っていなかった右壁面の書架の本の内,敢えて保存する本のみ摘出し,他はすべて処分することにして120サイズに段ボール箱に詰め,倉庫に運んだ。
左壁の文献にもまた右壁にも重要な文献が含まれているのは当然だが,現在の問題関心辛いってやがて手にすると見込まれないものまで持ち帰っていては切りがない。新たに必要になれば,その時,取り寄せると割り切るしかない。午後は教授会が予定されていたので,後50から100冊残したところで作業を終えた。
これを100サイズの段ボール箱にせいぜい2箱分に絞り込む必要がある。
というのも,自宅に持ち帰るのは本以外にもPC等機器および細かな備品があるからだ。
研究室を引き払うのもようやく6,7合目。クルマで後2往復は必要,というところか。
23日(木)は年休を取って自宅の用事。
その合間に,学生バイトの貧困率の推移,子どもの貧困率の推移に関する文献。
学生の貧困率は80年代からやかに上昇しつつも,2015年前後いったん落ち混み,矢形再び上昇に転じている。興味深い点だ。