2024年3月19日(火) 臨時系会議での挨拶
2024年3月19日火曜日
2024年3月11日月曜日
2024年3月10日日曜日
送別会での挨拶 2024.3.4
この間,労働力商品概念について考えてきたが,今まで報告してきたこと,書いてきたことのまだ延長線上にあるように思うので,もう少し進展してからいずれ。
先週は経済・マネジメントコースと職組人文支部でそれぞれ送別会を開いて頂き,送別の辞を述べた。
2024年2月27日火曜日
這々の体
研究室の後片付けについて,前回,自宅に持ち帰るのは後2箱に収めたいと述べた。
しかし,実際に荷造りするとなると捨てられない本が一つ二つと出てきて,26日(月)は6箱余りの本を持ち帰った。
26日中には片付かなかったので,翌27日(火)もクルマで登校することになった。
当日は降雪が予想されていたとは言え,十歳はこちらの予想を超えていた。
朝の県境の国道286号線は時々地吹雪が舞い,一瞬ホワイトアウトのように視界が閉ざされることもあった。トンネルを出て高速を降りると,山形側は車道の両端に雪が残り,道が狭くなっていた。
研究室に残っているのは,文房具やPC関連機器,備品だけだと思っていたが,捨てがたい資料も1箱を埋めるほど残っていた。結局,段ボール5箱に軽量ラック2つなど私的に持ち込んでいた家財道具を持ち帰ることになった。
それでも床には様々なモノが転がっている。
最後は,紙資源として回収できるか,すべきかなど考えずにゴミ箱に次々に詰め込み這々の体で退却した。(それでもまだ車に乗せられなかったモノ,言い換えると利活用可能なモノが残っているが,後はバッグに詰めて持ち帰ることも可能だ)
今回は車で運び出す前に,自宅に持ち帰る書籍を絞り込むために,前々週から基準を立てる,棚毎に選り分けてみるなど,手前味噌ながら入念に準備したつもりだが,結局,箱詰めの段階で「例外的に」持ち帰るモノが次々と生じて,作業時間が大幅に延長した(26,27日は残った年休を割り当てていた)。
持ち帰ったものの,文具・備品以外の箱は全く荷解きしていない。
書架スペースは限られている。
まずは見在書架を占有しているモノの選別から始めるしかない。
2024年2月24日土曜日
ようやく6,7合目
2月20日(火) 研究室の本を整理し100サイズの段ボール箱8つを自宅に持ち帰ったところで,自宅に引き取るのは後せいぜい2,3箱だなと観念した。段ボールとしては置き場をあっても,並べる初夏スペースには限りがあるからだ。
そこで,翌21日(水)は午前中に本を片っ端から始末した。最初に取り寄せた120サイズの段ボールは本を一杯詰め込むと重すぎで持ち運ぶ内に腰を抜かす。そこで倉庫まとして使うことにした。として使うことにした。
まず研究室に残している本のうち,重要度に応じて棚に振り分けた。
ドアを入って左側が新旧宇野派の文献,右側がその他の文献及び古後者後者のほとんどは本学赴任以前に購入したもので,赴任後はほとんど手に取っていない。
20日(火)はしばしば用いる左列の本を自宅持ち帰る保存用と処分用に仕分けしていたので時間が掛かった。
22日(水)午前中はこの間,余り使っていなかった右壁面の書架の本の内,敢えて保存する本のみ摘出し,他はすべて処分することにして120サイズに段ボール箱に詰め,倉庫に運んだ。
左壁の文献にもまた右壁にも重要な文献が含まれているのは当然だが,現在の問題関心辛いってやがて手にすると見込まれないものまで持ち帰っていては切りがない。新たに必要になれば,その時,取り寄せると割り切るしかない。午後は教授会が予定されていたので,後50から100冊残したところで作業を終えた。
これを100サイズの段ボール箱にせいぜい2箱分に絞り込む必要がある。
というのも,自宅に持ち帰るのは本以外にもPC等機器および細かな備品があるからだ。
研究室を引き払うのもようやく6,7合目。クルマで後2往復は必要,というところか。
23日(木)は年休を取って自宅の用事。
その合間に,学生バイトの貧困率の推移,子どもの貧困率の推移に関する文献。
学生の貧困率は80年代からやかに上昇しつつも,2015年前後いったん落ち混み,矢形再び上昇に転じている。興味深い点だ。
2024年2月17日土曜日
どう変えるのか変わるのか
先週,いや先々週からはじめた「研究室仕舞い」が一向に進まない。
もう10年近く前,耐震工事のために研究室を一時退避したときは一週間も掛からなかったという微かな記憶が残っていたため悠長に構えていたが,その時は書籍,備品を臨時研究室にそっくり移せば良かったので,自宅に持ち帰るか処分するか悩む必要がなかった。今回はそうはゆかない。最近の論文なら殆どが2,3年後に公開されるし,ノートもファイルとして保存している。それに対して,デジタルで保存されていないものは処分すると再現でない。他方で,じじ10-20年開いてこなかった本をいまさら手に取るとは思えない。前稿でも記し逡巡は簡単には収まらない。
おまけに今週は月曜日が祝日で,火水木も午後会議等あり,午前中しか研究室に入れなかった。
結局,最後の金曜日になって書架の上に平積みしている雑誌や段ボール類を卸して処分した。論文コピー等は殆どを紙資源として処分することにした。段ボール1箱分残しているが,これもさらに選別の余地がある。
そして夕方にはいよいよ書籍の選別に着手した。金曜日行ったのは新書,教養書。
基本はやはり紙資源としての処分。残る文庫は古典名作もあり,半分以上残したが,まだ選別の余地はある。
来週はいよいよ書籍の処分である。
週末になってようやく自分の時間が取れた。
17日土曜日手にしたのは大都市自治体が行った非正規シングル女性(子なし)に関する調査をもとにした論文1編のみ。
興味深かったのは次の2点。
- 女性非正規雇用のシングルと既婚者の比較。
- どちらも個人収入は年200万未満が多いが,既婚者の世帯収入で200万円未満は少ない(配偶者の年収で生計を立てている家計補助的労働)。
- 週の労働時間もシングルが長いのに対し,既婚者は短い(いわゆる主婦優遇措置に対応した「就業調整」の影響であろう)
- どちらも正社員になれなかった,正社員としての募集がなく非正規になったという「不本意非正規」が多いし,現在の仕事・賃金に不満・不安を抱いているにもかかわらず,今後に関しては「非正規のまま現在の会社に勤めたい」「他の会社で非正規として働きたい」が多い(既婚者の場合,主婦優遇制度の影響だろうが,シングルがなぜ?)
よく理解できない,腑に落ちない。
もっと勉強しろということであろう。
この1年間,勤め人を終えたらどうなるか気になっていたが,研究室を引き払い今までと変わらないような気がしてきた。
2024年2月13日火曜日
先送りに終わった週末
先週は平日の内は引き払う研究室の書類整理に追われた。
最大の問題は書架の本の自宅配送と処分との分別なのだが,その前に書類の分別をしようとした。各種委員会の書類,論文のコピー,ノート類。しかし,後二者はタイトルを読むと,いろいろ思い出されて判断に迷ってしまった。内部労働市場について調べ出した時期の文献,ゼミの記録,さらに遡って大学院生時代のノート。それぞれ思い出がある。しかし,これらを一々保存していては自宅が倉庫になり自分の居場所がなくなる。割り切るしかない。
参考文献の内,当時の現状分析,調査に関しては今では古いので処分しても構わないだろう。また自作ノートは,そのエッセンスが頭に残って血肉になっていなければ,ノートとして不十分ということだから,再び原典に当たるしかない。つまり処分しても構わないだろう。問題は大学院以来のゼミの記録。自分では再現できないからだ。取り出せば,思い出が蘇るとは言え,この2.30年放っておいたということはその再現可能性は今後も低いのであろう。
週末三連休は徐々に起床時間が遅くなった。
4月からの脱勤め人生活が思いやられる。
三連休では12月に仕上げた原稿と関連する文献を読み直した。
原稿に関しては,方法論に傾斜した分,理解を得るには補足の必要があると思えた。
しかしながら,参考文献を読み返すと,経済原論の理論的構成,方法についてさらに考究する必要性に気付かされた。
中堅以下では,労働価値説に関して,価値と投下労働との関連を緩めて,物量体系における技術的関連性から価値と労働量との関係を説く傾向がある。
個別の商品レベルでの価値と労働との関係に拘っていては「転形問題」の軛から抜けだけ内が,成果物と労働の量的技術的確定的関連性から労働量を規定すれば事足りるという理解からである。
しかし,11月の学会報告及び12月の原稿でも指摘したように,
- 生産過程に投下される労働すべてが量的技術的確定性を有するとは限らない(価値と労働との関連性を説く場合には,量的確定性のある労働を限定する必要がある)
- 社会的再生産との関係が保障されておらず,流通主体の私的理解を体現した流通論における価値概念と,量的技術的確定性によって決まる生産論の価値概念は結び付かない(関連が不明)。
- (付言すれば)価値と労働との関連付けが一方通行。資本の生産過程包摂による商品経済が社会的に全面化している以上,価値,資本による労働生産過程の規律という側面「相互媒介性における流通の先行性」(山口[1990]:9-14)もおさえる必要がある。
つまり,価値と労働の規則性を考える際には,生産過程における量的技術的確定性が基盤にあることは間違いないにしても,その場合の労働は生産過程における労働すべてではないこと,量的技術的確定性の確率には資本の起立性が絡んでいることを抑えておく必要がある。
なお検討を要する,が結論で,用は先送りとなった。