先の更新から既に3週間。
特に進展なし。
今年のGWは,昨年に続き緊急事態宣言でステイホームとなったため,12月締めきりの論文について構想を練ることができたが,連休が明けると,平日は授業の準備,後処理に追われる始末だ。
粗い構想を埋めようといろいろ勉強してはみても直ぐには埋まらない。
むしろ粗さが目立つ始末だ。
5月22日,23日,Zoom開催の社会政策学会第142回大会に参加。
いくつかの報告を拝聴。構想中の論文に直結するわけではないが,いろいろ勉強になったが,
通常,GWは九州時代の知人と温泉旅行,その前後に球場で応援と決まっていたが,2年続けて中止。代わりにオンライン飲み会が開催されたくらいだ。
その代わり何をしていたかと言えば,朝方は直前の講義の後処理(毎回の確認問題の採点)や講義資料の作りだめ,日中は論文構想,夕方からジム通い。
直前に論文寄稿の誘いがあった。
長く参加している研究会の代表が来春退職されるため,勤務校の紀要で退職記念号が編まれる。その記念号への寄稿へのお誘いがご本人から私に限らず,メーリングリストで研究会メンバー全員にあった。返答期限がGW明けとされていたので,GWの間,その構想を練っていたのだ。
3月の研究会報告を準備する以前から共同体論やアソシエーション論に関心を寄せていた。
ここでアソシエーション論というのはマルクスのアソシエーション論だ。
今世紀に入ってからアソシエーション論が盛んになった。
ベルリンの壁が崩壊し,社会主義諸国が総崩れした。
社会主義は過去のものになったという風潮に対して,既存の,あるいは崩壊した社会主義諸国はマルクスの考えとは異なるという主張がなされるようになった。
そのマルクスの考えをマルクスがは資本主義後の社会を語るとき,「アソシエーション」という用語を当てることが多かったのにちなんで,「アソシエーション」と呼んでいるのである。
「アソシエーション」と言えば,一般には「アソシエート」,連結するを思い浮かべる。
マルクスも協業や株式会社などについてそのように用いることもあるが,マルクスのアソシエーション論には一般的用例には止まらない固有の論理と課題をもっている。
退職記念号への寄稿論文では,この点を明らかにしたいのである。
ということで,GWは在宅勤務,テレワークのようになってしまった。
コロナ禍の昨年GWも投稿論文への査読意見への対応に追われ,同じだった気がする。
3月末の研究会報告この方
まず年休を取ってぶらぶら。
といっても,まん延防止等重点措置適用直前に母を連れて白石川堤「一人目千本桜」を見物した以外は,自宅・カフェ・ジムの三角運動で通常の週末と何ら変わらない。朝井リョウ『エース』を読んだくらいか。
年休を終えてからはGWまでの授業準備の他は共同体をベースにした将来社会像,ポスト・キャピタリズム論に当たっていた。
一つは大内秀明先生のコミュニタリアニズム(共同体的社会主義論),もう一つは共同体的コミュニズム論。
つきまとう疑問はなぜ共同体論なのか?
しばらくは共同体,あるいは共同ないし協同という概念に当たるつもり。
土日を含めて1週間の休暇中,ほとんど仕事をしなかった。
その代わり,休暇明けは前期の講義準備に追われた。
休暇前まで論文執筆や研究会報告の資料作成に没頭し,新学期の準備が後回しにしていたツケを払っている状態だ。
まず,初回ガイダンス資料を科目毎に作成し,オンライン授業システムWebclassの科目ページにアップロード。基本的には前年度踏襲だが,講義メニューや評価方法,配点を見直す。
ついで,全15回分のレスポンスカードの作成。これも前年度踏襲だが,講義の日付を一々修正する必要がある。又,今年度より,対面授業の場合には講義時間内に回答してもらうことにしたため,回答時間も修正。
金曜日9日午前中にようやくGW前の分を完成。
本学の場合,コロナ禍対応で15日開講と例年より1週間遅らせていたのに救われた。